「ちょっと、お兄さん!」
「え?」
誰かに呼び止められて商店街の横道を見ると、若い女性が白い息を吐きながら立っていた。
東北の夜の気温は零度に近い。
「あたし、行くとこないんだ。お兄さんとこに泊めてよ」
「……」
「一万円くれるならエッチしてもいいよ」
その娘(こ)はだんだんと俺に近づいて来た~。
やめてくれ~。俺女の子怖いし、ちんこ勃たないよ~。
「いりません!」
「え、なんでよ!」
「間に合ってますから!」
早くおでん食べたいよ~。
「ちょっと、なんでよ!」
ガシッ。女の子は俺の腕を掴んで来た!
ひえええ。
「は、離せよっ」
「おっと、お嬢ちゃん。ここで売春してもらっちゃ困るなぁ」
「「!」」
振り向くとそこには、さっきの強面さんがそびえ立っていた。
強(こわ)面(もて)ブン太さん(和希命名)が、女の子の腕を掴んで俺を解放してくれた。
「離してよ、オッサン!」
「!」
ブン太(た)さんは眉間にシワを寄せる。
「最近ここらでうちの客にウリしてるのはお前だな? 病気撒き散らしやがって、とんでもねー女だな」
「え、病気?」
うわ~、まさかのエイズとか梅毒? 売春こわ~い。俺にうつそうとしたわけ? この娘?
女の子はブン太さんの言葉に青ざめていたが、また暴れ出した。本能で逃げなきゃヤバイと感知したのだろう。
この娘どうするつもりなんだろう。まさかボコボコにしたりしないよね? 俺が訊ける訳もなく、ただふたりを見守っていた。
ブン太さんがその娘を引きずるように歩き出した。
「離してよオッサン。あんた、助けてよ!」
「え、やだ」
「ぶっ」
俺の返事にブン太さんが吹き出した。
「正直すぎだろ」
「だって梅毒怖いもん」
「梅毒じゃねぇ。カンジタとクラミジアだ」
「真(さな)田(だ)さん」
横丁の暗がりから人が出てきた。
「あれ、テツさん」
なんと、探偵屋のテツさんだった。彼は家業の二代目で二十代半ばだ。うちとテツさんの親父達は幼馴染なのだ。
「おう、和希じゃねえか。ナンパか?」
「この女に絡まれてたぞ。知り合いか?」
「ああ。ところでその女は?」
「組長が探してる女だ。やっと捕まえた。テツ、一緒に運んでくれ」
「了解」
組長。運ぶって、龍(りゅう)青(せい)会(かい)の事務所に。まさか海に沈めないよね?
テツさんは俺の顔を見て、苦笑いしながら頭を撫でてきた。
「おい、お前の好きな任侠映画の筋書き想像してんじゃねーぞ。家出人捜索の依頼でこの娘を探してたんだよ。海に沈めねえから安心しろよ」
ガーン、思考がバレてる~?
「じゃあな、和希」
「うん、さよならテツさん」
強面ブン太と視線が合い、ペコリと頭を下げた。ブン太さん、いや真田さんはニヤリと笑ってから暴れてる娘に何かささやいた。
娘はビクリと身体を硬直してから、大人しくなった。
え……、なんか絶対に怖いこといったよね?
ガタイのいい男達に挟まれて、ウリをしていた若い娘は連行されて行った。