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最終章 美しい歌を晴れやかに

神話を超える時



「結婚しようよ、セイ!」


 千年間熟成された禍々しい執着が、終焉ミカの口からプロポーズの言葉となって溢れ出る。

 セイの心を完全にへし折るため、彼女は更に続けた。


「もう頑張らなくてもいいよ。自分を見捨てた奴らのためにこれ以上戦う必要なんてない。だからわたしと一つになろう?」


「……っ」


 セイの瞳が、終焉ミカを真っ直ぐに見つめる。

 答えを待つ終焉ミカの眼前で、セイは勾玉を懐に仕舞い込んだ。


「お師匠、みんな。神様になりきれない俺をどうか許してくれ。今だけは……俺とミカのためにだけ戦わせてくれ!」


 セイは終焉ミカの手を叩き払い、覚悟を決めて彼女を見据える。

 闇の奥底に閉じ込められたミカの心まで届かせようと、彼は声を枯らして訴えかけた。


「俺が逃げようとした時、ミカは諦めなかった。だから俺だって諦めない! 帰ってこい、ミカ!!」


「セイ……!」


 終焉ミカの右眼に、優しい光が戻る。

 昏い光の左眼がぎょろりと動き、ミカ本来の自我を抑えつけた。


「邪魔をするなァ! 小娘がァ!」


「あなたこそ、わたしたちの邪魔をしないで!!」


 両者の力は完全に拮抗している。

 何か決定的な一押しがあれば、ミカを助けられるかもしれない。

 ミカの力を引き出せるような何か。

 考えた末、セイは深く深呼吸をした。


「聞いてくれ。俺の歌を」


 歌には心を救う力がある。

 誰より近くでミカの歌を聴いてきたセイには、強い確信があった。

 それは歌うという行為そのものが持つ力。

 例え特別な力など無くても、想いを込めて歌えば必ず届く。

 そして心は救われる。

 水面に浮かんだ波紋が、やがて大きな唸りになるように。


「何をするかと思えば……貴様、血迷ったか」


 終焉ミカの侮蔑など意にも介さず、彼はただひたすらに歌い続ける。

 耳障りな雑音を消し去ろうとした瞬間、彼女は激しい痛みに襲われた。


「歌姫の力が増している!? まさか、こんなふざけたやり方で……!」


「ふざけてなんかない」


 意識の深層から、ミカの声が響く。

 混乱する終焉の王に、ミカは堂々と言い放った。


「セイは私のために歌ってくれてる。今日までの思い出を、明日からの希望を。心を込めて!」


 セイとミカの心が重なり、二人は眩しい光に包まれる。

 闇の鎖に縛られたミカに、セイが真っ直ぐな手を差し伸べた。


「……うん!」


 ミカは大きく頷き、渾身の力で鎖を引き千切る。

 そしてセイの手を取り、彼女は闇から抜け出した。


「おのれェえええェ!!」


 終焉の王の怨嗟が響き、二人の意識は現実へと帰還する。

 ミカの体内から抜け出た終焉の王が、黒い煙となって空に舞い上がった。


「虫ケラどもがァッ!!」


 煙は五体の災獣へと姿を変え、セイとミカを取り囲む。

 ゼベク、ホルバス、マガツカムイ、シルヴァング、そしてラストベロス。

 途方もない戦力差を前にしても、セイとミカに絶望の色はなかった。


「不思議だな。ミカといるだけで、勝てそうな気がしてくる」


「そうだね。勝とう、セイ」


 二人は手を繋ぎ、最後の変身をするべく力を高める。

 しかし彼らの集中は、思わぬ存在によって途切れた。


「アラシ!?」


「お兄ちゃん……?」


 現れないはずの救援に、セイとミカは戸惑う。

 状況を理解する間もなく、大きな足音が轟いた。


「うおおおおおおおおっ!!!」


 守護者たちが、そして民たち。

 地球に生きる全ての者が一堂に会し、セイとミカを助けるべく心を一つにしている。

 五体の災獣の口から、同じ言葉が漏れ出た。


「どうしたことだ……!?」


「驚くのはまだ早いよ!」


 爽やかな声と同時に光が弾け、一人の青年が姿を現す。

 彼の姿を、セイたちは鮮明に記憶していた。


「シュウ!」


「助けに来たよ、ご先祖様」


 次いで初代クーロンが着陸し、セイたちを守る壁のように立ち塞がる。

 城の中から、かつてラッポンに覇を唱えし武将・ノブナガが雄々しく出陣した。


「若造、暫し借りるぞ」


 ノブナガはシンの腕を掴み、ディザスの力を自らの体内に取り込む。

 クーロン城から響くシナトの声が、セイたちに逃げるよう促した。


「ここは俺たちに任せろ!」


「頼んだ!」


 民たちに付き添われながら、セイたち四人は即席の医療班の元へ運ばれる。

 彼らが撤退したのを確認して、シュウ、シナト、ノブナガは同時に叫んだ。


「超動!!」


 マガツカムイ、クーロン、ディザスターが揃い踏みを果たし、五体の災獣に立ち向かっていく。

 奮戦する三人の勇士を見上げるアラシの腕に、ミリアがきつく包帯を巻いた。


「ありがとな!」


 アラシが快活に礼を言う。

 ミリアはセイとミカに向き直ると、きまり悪そうに頭を下げた。


「私は一度己の弱さに負け、君たちを見捨てかけた。本当にすまない」


「いいさ。しかし、一体どういう風の吹き回しなんだ?」


「ああ、それは……」


 セイの疑問に、ミリアは奮戦する民たちへと視線を投げる。

 彼女は口元を綻ばせながら、ここに至るまでの経緯を語り始めた。


「オレは納得できねえ」


「……まるで子供のワガママだな」


 徹底抗戦を訴えるアラシに、ミリアは冷めた言葉を返す。

 何処までも真っ直ぐな彼を羨ましく思いながらも、ミリアは降伏の姿勢を曲げなかった。


「もしも私が一人なら、丸腰でも戦いに行っただろう。だが我々は守護者だ! 民を守る責任がある! 彼らを、これ以上危険には晒せない」


 民のことを引き合いに出されては、さしものアラシも反論できない。

 海底に立ち込めた重苦しい空気を、一つの声が切り裂いた。


「お言葉ですが」


 声の主はラッポンで孤児院を営む青年・ジュウジだった。

 ジュウジは守護者たちに対して、一歩も退くことなく言った。


「私は地上に戻り、カムイと共に戦いたいと考えています。子供たちも同じ意見です」


「しかし……」


「無理を言ってるのは分かってます! それでも戦わせてください! お願いします!!」


 深々と頭を下げるジュウジ。

 次いでミクラウドからも、抗戦を訴える者が現れた。


「カムイは僕たちを何度も助けてくれた。過去は振り返らない主義だけど、それ以上に受けた恩は返したいんです」


「私たちならやれます! 絶対にやれます!!」


 カザキリにヤコ、カムイに救われた多くの者たちが、今度はカムイを救わんと声を上げ始める。

 その時、ミリアは超動勇士たちが成し遂げた最も偉大な功績に気がついた。


「そうか。カムイたちは人々を護りながら、同時に勇気を与えていたのだな。どんな強大な敵にも立ち向かう勇気を……」


 民たちの熱はやがて守護者たちにも伝播し、彼らの中の恐怖心を消していく。

 守護者たちを代表して、遂にミリアが決意を表明した。


「聞け! 我々は地上へと引き返し、総力を挙げて終焉と戦う!! 我々は神話などに収まる存在ではないと、終焉の阿保に教えてやるのだ!!」


 ミリアの言葉に、大歓声が巻き起こる。

 そして彼らは結界を突き破り、地上へと帰還を果たしたのだった。


「人の心は弱い。だが、支え合えば何処までも強くなる。そうだろう?」


 ミリアの言葉に、セイたちは深く頷く。

 同時にマガツカムイたちの必殺技が、五体の災獣に炸裂した。


「なッ……ぐああっ!!」


 災獣たちは倒れ、維持しきれなくなった膨大な力が黒煙となって噴き出す。

 確かな武勲を立てて、クーロンが静かにその機能を停止した。


「僕たちにできるのはここまでだ」


「この戦、必ず勝て」


 マガツカムイ––シュウとディザスター––ノブナガは激励の言葉を残し、それぞれの場所へと去っていく。

 シナトもクーロンから降り、セイたち四人を見つめて言った。


「後は頼んだぜ!」


「おう!!」


 シナトから想いを託され、四人の超動勇士、そして各国の守護者たちが満を辞して最前線に躍り出る。

 何度倒れても立ち上がる人間たちの姿に、終焉の王は思わず問いかけた。


「何なのだ……お前たちは、一体何なのだ!!」


 その問いを待っていたかのように、セイは不敵に微笑む。

 世界を守る戦士として、彼らは堂々たる名乗りを上げた。


「風雷の巨神・セイ!!」


「月光の歌姫・ミカ!!」


「最強の守護者・アラシ!!」


「叡智の守護者・ミリア!!」


「天空の守護者・オボロ!!」


「常夏の守護者・シイナ!!」


「燼滅の厄災・シン!!」


「維新の守護者・リョウマぜよ!!」


「極北の守護者・ユキ!!」


「深海の守護者・ハタハタ!!」


 そして、この星に生きる全ての者たち。


「我ら、超動勇士カムイ!!!!」

––

人間の時代へ



 咆哮する終焉の王––ジエンドラに、人間たちは一丸となって進撃する。

 セイとミカは彼らの先頭に立ち、勾玉を掲げて叫んだ。


「超動!!」


 二人をヤタガラの翼が包み、激しい光と共にカムイカンナギが顕現する。

 カムイカンナギの大鉾が、ジエンドラの肉体を貫いた。


「はあッ!!」


 散々不条理を振り翳してきた因果が巡ったかのように、ジエンドラは理屈を超えた奇跡に追い詰められていく。

 仇なす全てを葬り去らんと、彼は最大の力を解放した。


「この星諸共……塵と化せぇッ!!」


 放たれたドス黒い闇の波動が、大地を抉りながらカムイカンナギに喰らいつく。

 この世の全ての絶望を集めた一撃を受け、カムイカンナギは大きく押し返された。

 彼は懸命に踏ん張ろうとするが、闇は容赦なくカムイカンナギを呑み込んでいく。

 あれだけの奇跡を起こして尚、終焉には敵わないのか。

 再び暗雲が立ち込めかけたその時、アラシが叫んだ。


「カムイに……オレたちの神様に続くんだ!!」


 瞬間、アラシの体から淡い光に放たれる。

 人の心が持つ可能性の象徴たるその光は全ての者から生じ、カムイカンナギの体へと吸い込まれていった。

「みんなが、カムイに……」


 精神空間の中に集った人々を見て、セイとミカの瞳が潤む。

 最強たるカムイカンナギを超えた『究極のカムイ』が、ジエンドラへと前進を始めた。


「小賢しい真似を!!」


 ジエンドラの攻撃が、少しずつ究極のカムイに宿った魂たちを剥がしていく。

 究極のカムイはカムイカンナギに、カムイカンナギはカムイに。

 そしてジエンドラに極限まで肉薄した時、変身は遂に解かれた。


「ぬぅん!!」


 カムイ––セイとミカを消し炭にすべく、ジエンドラが最大火力をぶつける。

 闇の塊に呑まれる刹那、二人は最後の力を振り絞って雷の大太刀を振り下ろした。

 一瞬とも永遠ともつかない時間の中、光と闇が全存在を懸けて激突する。

 そして戦いの果て、世界は––。


「……というわけで、カムイとみんなの活躍で世界は救われました! めでたしめでたし!」


 三ヶ月後、ドローマの広場にて。

 紙芝居の最後の絵を見せて、セイは愛想のいい笑顔で拍手をする。

 しかし返ってきたのは、子供たちのあまりに残酷な感想だった。


「つまんなーい」


「えっ!? 面白かっただろ!?」


「お話はね? でもお兄ちゃんの演技力で全てが台無しになってる」


 子供たちの大人びた言葉に、セイは反論できなくなって崩れ落ちる。

 終焉の王との決戦を終えた世界は、元通りの姿を取り戻していた。


「あっそうだ、変身して紙芝居をやれば! ……なんてな」


 セイは何処か晴れやかな笑みを浮かべながら、光を失った勾玉を見つめる。

 カムイはこの星と一つになることで、終焉によって滅ぼされた世界を元に戻したのだ。


「へへっ、やり切っちまったなぁ……」


 寂しさがないと言えば嘘になる。

 だが同時に、『これでいい』と心から思っていた。


「遠い未来で、またカムイの力は目覚める。だけど今は信じてみたい。人間の可能性を」


「何ボーッとしてんだよ、セイ。今日はシンを見送る日だろうが。もうみんな集まってるぞ」


「いっけね! 忘れてた!」


 アラシに声をかけられ、セイは弾かれたように飛び出す。

 二人が向かった先には、既にミカとシナト、そして各国の守護者たちが揃っていた。


「悪ぃ遅れたっ!」


「全く。もう少しで帰ってしまう所だったぞ」


 シンが呆れ顔で肩を竦める。

 全員の顔をぐるりと見渡して、彼は何処か寂しげに呟いた。


「次に会うのは、お前たちが死んだ時か」


「だね。死の世界でも元気でね!」


 元気よく手を振るシイナに、シンは頷く。

 旅の思い出で彩られた笑顔で、彼は今後の展望を語った。


「俺はソウルニエの守護者になり、死者たちが幸福に暮らせる国を作る。……それが俺の夢だ」


「応援するよ。離れていても、僕たちはずっと友達だから!」


 ユキは涙を堪え、シンを送り出す。

 帰還の時が迫る中、シンはセイとミカに顔を向けた。


「ミカ、この世界で幸せになれ。お兄ちゃんとの約束だ」


「うん!」


「セイ、ミカを頼んだぞ。もしも我が妹を傷つけたら、その時は覚悟しておけ……!」


「何か俺だけ方向性違くない!?」


 セイとシンのやり取りに、守護者たちは思わず破顔する。

 賑やかな笑い声に包まれながら、シンはソウルニエの大地と共に死の世界へと去っていった。


「またね、お兄ちゃん!!」


 シンの名残である光の粒が消えるまで、ミカは大きく手を振り続ける。

 やがてシンの名残りが消え去ると、セイたちにも解散の時が訪れた。


「俺らもそろそろ行くか」


「うん。カムイ神話を語り継ぐ旅に」


 カムイの力は消えても、存在を忘却させてはならない。

 世界を救うため懸命に戦った者たちがいたという証明を未来まで残すことが、セイとミカの次なる目標だった。


「超動!!」


 守護者たちに見送られ、二人はヤタガラの背に乗って飛び立つ。

 神話の先を目指して。


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