ネット怪談と呼ばれるものがある。元来、怪談とは死に関する物語―幽霊、妖怪、怪物など、さらに怪奇現象などを語る物語のことだ。
それがwindows95以降のインターネット、ネット社会の発展とともにネット上の片隅で、ネット上を発信源として新たに語られるようになった怪談があり、それをネット怪談、またはネット発の都市伝説ネットロアと呼ぶ。
ネット怪談、ネットロアには様々なものがある。妖怪のような異形の存在を語るものだったり、日本のどこかの地方の不気味さを感じる因習だったり様々だ。
そして、そんなネット怪談の中で有名なネットロアの一つ、それが『きさらぎ駅』である。
発端は2004年頃のこと。インターネットの某有名掲示板のオカルト超常現象板にとある女性を語る投稿者の投稿が投稿されたのがそもそもの発端。
投稿者は電車に乗っていると投稿を開始する。
しかし、様子がおかしいとも投稿。
何故ならば、いつまでも電車が目的地の駅に着かないからだ。
その間、掲示板を通して投稿者と掲示板の閲覧者たちは会話をして、彼女の様子が実況中継された。
そして、そうこうしていると、投稿者の彼女はとある見知らぬ駅に着いたと報告を投稿する。
その駅の名前こそ、現実には存在しない架空の駅『きさらぎ駅』である。
その後、様々な奇妙な出来事の報告の書き込みがあり、途方にくれていた投稿者の彼女はたまたま通りかかった車に乗せてもらうという投稿を最後に消息が不明になる、というネットで実況中継されたというネットが発展したからこそ生まれた怪談、それが『きさらぎ駅』である。
その後、某有名掲示板には同じ体験をしたという投稿やら、その体験を考察した書き込みなどがあふれかえり、『きさらぎ駅』は有名なネット怪談―ネットロアの一つとなった。
そう有名である。だから、別にオカルト話にとくに詳しくない私、秋波楓でも知ってるのだが…。
真っ暗闇の山の森の中、煌々と明かりに照らされている駅看板に触れ、軽くなぞり、私―秋波楓は看板に書かれた字を読んでみる。
「きさらぎ駅…」
何故きさらぎ駅がネット怪談と呼ばれ、ネットロアになったか?
それは、現実にはきさらぎ駅と呼ばれる駅は、日本には現実には存在しないからだ。
だから、常識で考えればやらせの作り物のはずである。この駅看板は。
しかし。
楓は森の中に孤島のようにぽつん、と明かりに照らし出されて浮かんでいる駅を見回す。
そこには 同じように、電車から降りたサラリーマンらしき40代くらいと思うおじさんと、20代後半を思わせる仕事帰りのキャバ嬢らしき女性がいるだけであり、どっきりを仕込んでいるテレビ局員らしきカメラを構えた人々が隠れている様子は感じられない。
某有名番組の一巻で、離れた所からモニタリングされている様子も感じない。
自分が知らないだけで、サラリーマンのおじさんとキャバ嬢らしき女性で有名芸能人で、大がかりなどっきりに巻き込まれてしまった可能性も考えてみたりするが、何度顔を拝見させてもらっても見知った顔ではない。
常識的価値観が否定している。しかし、同じ常識的価値観が、現状、自分がおかれた状況が異常とも警鐘を鳴らしている。
楓は、自信なさげに肩からかけていたギターケースを背負いなおした。
夜明けにはまだまだ早いみたいである。