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第6話秋波楓の述懐 4

 「とりあえず、自己紹介しない?」

 不意にキャバ嬢らしき女性が意を決したようにそう切り出した。

 その言葉に私と、この場にいる最後の一人、サラリーマンらしき恰好の男性が彼女を見つめた。

 私の彼女の第一印象は仕事帰りのキャバ嬢さん。

 身長は158センチくらいで細身。髪型は左右の右片側で髪をまとめたサイドアップで、トップから編み込みをしており耳の横でまとめている。

 色はブリーチが入ったラテベージュ。顔はメイクで目力が強調されており、まさに夜の蝶といった派手な化

粧をしている。

 恰好も仕事着で使っていたのが丸出しの丈の長いスカートが優雅な印象を与える、黒と白のタイトなスリットが入ったロングドレスで、胸元があらわになり男性を誘惑するのにぴったりの服装である。

 そして、そんな仕事着とはミスマッチな寒さ対策重視の、黒い大きなサイズ大き目なダウンコートといういで立ちだ。

 仕事が終わり、仕事着にコートを着て家への帰路について電車に乗っていたのではないか、と推測した。

 「私の名前は丸山圭子(まるやまけいこ)。見た通り、キャバ嬢。仕事が終わって電車に乗ってて気が付いたら今みたいな感じ。さっきから何回も確認とってるけど、スマホが絶賛圏外中。彼氏に連絡取れないし最悪。あんたらの携帯も圏外?」

 予想通りキャバ嬢だった丸山圭子さんは、スマホを片手に持ちながら両手を組み、苛立たし気に片足で足踏み―貧乏ゆすりをしている。

 言葉と視線で返答を促され、私もとりあえず自己紹介することにする。

 「秋波楓です。大学生。御覧の持ち物から予測がついてそうですが、ギターやってる売れないバンドマンです。私の携帯も圏外です」

 肩にかけたギターケースを軽く掲げながら答える。

 その答えに少し満足したのか、にんまりと私に対して丸山さんは笑い、視線を最後の一人に向けた。

 「夢見がちのガキとアバズレかよ、最悪だな」

 そう私と丸山さんに失礼な悪態をつきながら、彼は中上功樹(なかがみこうき)と名乗った。

 身長は175センチくらい。髪型は襟足とサイドをすっきりさせ前髪をあげたベリーショート。

 恰好は光沢感のあるウール素材の某有名チェーンのダークネイビーのスーツ。その上にステンカラーコートを羽織っている。仕事が終わって楽にするためにはずしたのか、ネクタイは締めていない。

 昔スポーツをやっていたのか、ガタイはいいのだが最近は運動不足なのかお腹回りに贅肉がついてとれるのが見て取れる。

 足元の革靴は少しくすんでくたびれており、合皮のビジネスバックを一つ持っている。

 第一印象は最近仕事のうまくいっていないサラリーマン。

 「は? 初対面でいきなり喧嘩売ってるわけ? 最悪なじじぃ丸出しね」

 「なんだと!? おちゃらけたバカ女がやる仕事のキャバ嬢にサラリーマンの辛さがわかるわけないか? 親の脛かじりながら、夢追ってるバカなガキにもな!? お前らみたな奴が社会に出て俺みたいなちゃんとした人間に迷惑かけてのうのうとのんきに生きやがって!?」

 そんな感じで丸山さんと中上さんは喧嘩しだして、最悪な自己紹介になった。

 風に揺れる森の木々のさざなみの音以外音らしい音はないので、二人の怒鳴り声が駅周辺に響き渡っている。

 深く溜息をついて、私は周囲を見渡した。

 すると、駅の明かりに照らされた先に、舗装された道らしきものが伸びているが見える。

 そして、途中から闇で途切れるその道の先に、何かはわからないが駅と同じような光源が見えることがわかった。

 「別の駅か? それとも人のいる建物の明かりかなんかかな?」

 視線を口喧嘩している二人向け、その後駅に停車中の電車に向ける。電車は扉を開けた後、微動だにせず、ただただ静かにこの『きさらぎ駅』と駅看板に書いている駅に停車している。

 ここは本当にネットロアで語られる『きさらぎ駅』なのだろうか? もし本当にネットロアを今まさに体験しているのなら、ここは現実世界とは別の異世界ということになる。


 帰れるのだろうか?


 ぞわり、と。不意に背筋に悪寒が走った。ネットロアには様々なタイプのネットロアがあったが、『きさらぎ駅』はどんなネットロアだっただろうか?


 確か…、投稿者は突如、音信不通になり、消息不明に。


 帰れるのだろうか? 口喧嘩の声をBGMに聞きながら、私は空を見上げてみた。


 そこには、現実世界と同じようにまんまると太り、白く光る満月が夜空に浮かんでいた。

 その月が現実と同じ月のようで、ここは異世界ではない、と。

 不安に軽くさいなまれながら、そう思って自分を私は誤魔化すことにした。 

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