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第141話 ホーンモビーディックの歌

 口を開けて急接近してくるホーンモビーディックを、左右に散開してかわす美織と阿平。

 そのまま通り過ぎたかと思うと、曲芸のシャチよろしく体を捻って飛び上がり、2人の頭上を飛び越しつつ噴気を空中で噴き出す。


 そしてそのまま口から大量の石礫を吐き出し降り注いだ。大理石状の模様を持つ、ホーンモビーディックの体内で作られる結石だ。


 美織は剣で切り裂きつつ撃ち落とし、阿平は巨大なコンタクトレンズのような半透明なもので体を覆い、跳ね返した。


 スキル<反射>だ。反射は本来対魔法スキルだが、ホーンモビーディックの結石が魔力を帯びているからこそ可能な芸当だ。


 飛んでくる結石に魔力を感じ、反射で防ぎきれると咄嗟に判断したのは、さすがのSランクといったところだった。


 反射は威力を一切無視して、魔法を跳ね返せるスキルで、角度によっては相手にそのまま受けた魔法を返すことも可能だ。


 反射で返した魔法は、反射で再度跳ね返すことが出来ないことを除けば、魔法使い殺しと呼ばれる程の強力なスキルだ。


 完全には防ぐことの出来ない、属性耐性よりも、よほど使えるスキルなのである。

 ただし物理攻撃などには役に立たない。


 石礫が効果がないとみるや、ホーンモビーディックは超音波を放ってきた。強い突風が吹いたかのように感じた次の瞬間、阿平がグラリと倒れて、海面に立っていることが出来なくなり、海に沈んでいった。


「阿平さん!」

 間一髪で美織がその腕を掴み、海面に引きずり上げる。


:何だ今の音

:画面越しでもかなりの音がしたな

:音聞いた瞬間倒れたように思った

:LRAD砲かよ!

:例の音響兵器と同じレベルなのか?

:配信見てる限りはわからんな

:画面越しだと伝わらんらしい

:鼓膜破れることもあるんだろ?

:頭痛を引き起こしたり、方向感覚を失わせるらしい


「助かったわ、ありがとう。」

「だいじょうぶですか?」

 額を抑えている阿平を、心配そうに見下ろす美織。


「ええ、なんとかね……、ちょっと頭が痛いけど。これが高難易度深淵クラス……。さすがの初見殺しぶりね。」

 苦笑しつつ阿平が言う。


 超音波攻撃でも倒れなかった美織に、ホーンモビーディックは今度は突然歌い出した。

「体が熱い……!?」

「状態異常、<誘惑>だわ!」


 鯨の歌声は求愛行動に使われると言うが、ホーンモビーディックのそれは、異種族すらもその気にさせる状態異常効果だった。


 状態異常の中でも、睡眠、麻痺、毒と比べて、幻覚や混乱や誘惑を使う魔物は少ない。

 美織も阿平も、誘惑の耐性はなかった。


 状態異常<誘惑>の効果は、性的な興奮状態になるとともに、体温の上昇、目から涙があふれてとまらなくなり、体中の力が抜けて相手の意のままに性交渉に及びやすくするものだ。


 当然いつでも性交渉可能な状態に体を変化させるが、相手に性交渉の目的がなくとも、身体の動きを止める目的においても、効果的なスキルだ。


 美織も体の力が抜けて、剣を取り落としそうになるのをかじろうて耐えていた。既に先ほど超音波にやられていた阿平は、足がガクガクと震えて、海面に立っているのもギリギリの状態だった。


 そこに再び大量の石礫を放つホーンモビーディック。今度は美織も阿平も避けることが出来なかった。


「きゃああああ!」

「ううっ!!あっ!」

 全身にまともに石礫を浴びてしまい、顔や服が切り裂かれる。


 ここは足場のない大海原。足の裏への魔力集中を欠けば、途端に海中に沈んでしまう。

 身を守る為に動けば、ギリギリの状態でそれを守っている2人は、魔力を練ることが出来なくなる。


 逃げることもままならず、ただその場に立っていることしか出来なかった。

「井村さん……!」


 その様子を配信で見ていた女神の息吹のメンバーが、助けに動く判断を求めて、井村を振り返った。


 だが、井村たちには海上を歩くことは出来ない。せめて入口まで逃げて来てくれれば、撤退の手助けが出来るが、まさか2人がここまで追い詰められるとは思っていなかった。


 身動きの取れない美織と阿平に、大きく息と海水を吸い込んで、攻撃の準備を始めるホーンモビーディック。


:おい、ヤベーんじゃね?

:未だかつて、いおりんの動きを止められた魔物がいたか?

:ちょこタンの時も、ギリギリ動いてたって感じだったよな

:人間の向井の時より、高難易度深淵クラスのホーンモビーディックの攻撃のほうが、ヤバいだろ、そりゃ!!

:いおりん!動いてくれ!

:逃げろいおりん!!


 その時、さっきまで真っ赤な顔をして、涙をダラダラと流していた美織が、突然ケロッとした顔をして、

「耐性、とれたみたいです。」

 と言った。


:この短時間で!?

:何度も攻撃受けないと、耐性って取れるもんじゃねえぞ!?

:なんでもいい、いっけえええええ!!!


 空中に飛び上がり、大上段を振り降ろす美織の剣が、モーセが海を割るかのように、ホーンモビーディックの噴き出す海水を、ホーンモビーディックごと切り裂いた。


 配信画面には、


【確定ドロップアンケート。

 1.ホーンモビーディックのアンバーグリス(0.09%)

 2.ホーンモビーディックのヴァイオリン(0.09%)】


 と表示されていたのだった。


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