ポポナの街に戻ってきた時には、すっかり日が暮れていた。肌に染み込む夜の冷たい空気が、ひもじさに拍車をかける。俺は重たい足を引きずって歩いた。そう、本当に重い。頑張って引っ張り上げないと、膝をついて倒れ込んでしまいそうだ。とりあえず公園まで行こう。こんな道ばたで浮浪者のようにへたり込むわけにはいかない。曲がりなりにも冒険者なんだ。ちっぽけなプライドだけは捨てられなかった。
猛烈にいい匂いがする。肉を焼いている匂いだ。豚肉の脂が炭火に落ちて、ジュンと白く立ち上る煙の匂い。昔、スティーブンさんのところで働いていた時に、料理番もしていたから知っている。これは野菜を炊いている匂いだ。骨付きの鶏肉が一緒なのだろう、チキンスープのいい香りがする。
ああ、たまらない。腹がぐうぐう鳴っている。ここで止まったらダメだと思いながらも、思わず足が止まってしまった。
酒場の前だった。
窓からオレンジ色の温かな灯りが漏れ出している。にぎやかな笑い声、話し声。みんな笑顔で酒を酌み交わし、うまそうな料理にむしゃぶりついていた。
口の中にジュワッとつばがあふれた。
畜生、なんなんだよ。
ドン! バックパックを背負った俺の背中に、誰かぶつかった。振り返らなくてもわかる。この汗の匂いは俺たちのパーティーの魔法使い、ウルリックだ。
「なんだよ。急に止まんなよ」
ウルリックは外見からは想像もつかない野太い声で毒づいた。白い肌、パッと見では女のような整った顔立ち、三つ編みにして肩から垂らした漆黒の黒髪、ローブの上からでもわかるスラリとした引き締まった体。風呂に入ってなくて少し垢じみているが、それでも文句なしに美しい。酒場に行けば、十人いれば九人が振り返る。男も女も。だが、こいつがいいのは外見だけで、中身は無責任で口の悪いおっさんだ。年齢は俺とさほど変わらないはずだが。
「ブヒイッ」
その後ろ、ぶつかりそうになって思わず足を止めたのが僧侶のエドワードだ。どう見てもキモオタという外見をしている。背が低く、ポッチャリ……いや、だらしなく太っている。浮腫んだ顔はニキビだらけで、細い釣り上がった目に度の強い眼鏡をかけている。丸い鼻に歯並びの悪い口元。いつも口を半開きにしてハアハアと喘いでいるのは、なんなんだろう。
俺たちが無一文で、空腹で、ヘトヘトに疲れているのは、全て少し離れた後方を歩いている、あの赤毛の大男のせいだ。見栄えのする筋肉質の体格に、大きな剣を背負っている。剣士にして俺たちのパーティーのリーダー、ベンチュラ。呼びにくいのでベンと呼んでいる。あいつが嘘っぱちのクエストを持ち込んだから、こんなことになっているんだ。
俺たちは全員若い、駆け出しの冒険者だった。俺に至ってはパーティーを組むのは初めてで、クエストに出るのも初めて。胸を躍らせて、歩いて1日ほどの場所にあるダンジョンに行った。だが、成果はゼロ。金になるようなアイテムを手に入れることもなく、ただヘトヘトに疲れて帰ってきただけだった。
腹が減っているが、メシを食うための金はない。こんな夜更けでは、水でも飲んで寝るしかない。寝るといっても、宿に入るための金もない。だから俺たちは今、ポポナの街の公園に向かっている。そう、野宿するのだ。
俺は窓の向こうに広がる、桃源郷のような景色を眺めた。いいなあ。あんなにガブガブと酒を飲んで、腹一杯メシを食って。こんなひもじい思いをするために、冒険者になったんじゃないんだけどなあ。
バタンと酒場のドアが開いて、パーティーと思しき5人組が出てきた。盗賊っぽい小柄な女が、剣士らしい男2人と腕を組んでいる。その後ろから魔法使いの装束を着た女と、僧侶のローブをまとった女がついてきた。
「よーし、宿に帰って飲み直そうぜ!」
いい感じに酔っ払っているのか、盗賊の女が機嫌の良さそうな大声を出した。
「おいおい、まだ飲むのか? 早朝には出発するんだぞ」
一人の剣士が笑顔で突っ込む。
「大丈夫ですわ。起きたらすぐに二日酔いを覚ます魔法をかけますから」
魔法使いの女がそう言って、オホホと笑った。パーティーを明るい笑いが包み込む。
アハハ……ウフフ……
いいなあ。
いいなあ、女がパーティーにいて。
俺たちは4人とも野郎だ。そして全員、独身だ。女っけは全くない。
女がパーティーにいたら、楽しいだろうなあ。キャッキャウフフみたいな感じで、きっと疲れなんて感じないに違いない。ルンルン気分で出かけて、張り切ってクエストをこなして、帰りに多少疲れていても、もうひと踏ん張りできそうだ。
俺は自分の仲間たちを振り返った。
外見は美しいが、中身はおっさんな野郎。そこそこ役に立つが、見た目は完全にキモオタな野郎。筋肉ムキムキだが、全く役に立たないリーダー。俺はげんなりした。ますます深く疲労を感じる。
いいなあ、パーティーに女がいて。