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第25話 そして新たな冒険が始まる

 理想の女の子、か。


 スティーブンさんのところで奉公していた時に、お屋敷にティナという女の子が出入りしていた。


 毎日のように卵とか野菜とか、食材を届けにくる業者の一人だった。もう働いていたから、俺より5、6歳くらい年上だったと思う。


 背中まで伸ばしたロングヘアがきれいで、俺のあこがれのお姉さんだった。恥ずかしくて、声なんてかけられない。だけど、毎日、彼女に会うのが楽しみだった。土日は休みだから来ない。金曜日の配達が終わると、月曜日が待ち遠しかった。


 俺はティナを想像した。足元からフワッと風が立ち上る。暖かい。足先から膝、腰、背中、首筋、頭頂へと体内を通り抜けていく感じがした。痛くない。吹き抜けた後、大きく息をすると、胸元が圧迫される感じがした。


 ん、なんだこれ。


 思わず自分の胸を触る。


 想像以上に柔らかかった。これか。これがおっぱいか。下から持ち上げるようにして、もう一度、触ってみる。あまり大きくないな。確かにティナはセクシーではなかった。まだ学生さんという感じで、健康的なかわいらしさがあった。


 「ああ、いいね。クリスは一番、イメージがはっきりしていたみたいだ。ほら、見てごらんよ」


 ベンの手から鏡を奪うと、エドワードは俺にそれを手渡した。


 のぞいてみる。おお、確かにティナっぽい。


 そうだ。髪を解いてみよう。俺は後頭部で髪をくくっていた紐を外した。ロングとまではいかないが、肩の少し下あたりまでは伸びている。


 うん、いい感じ。われながら、かわいい。


 最後にエドワードが変身した。


 完敗だ。昨夜、うまくいくかどうか、自分の体を使って何度も試したのだろう。一番、かわいかった。というか、もともとエドワードはかわいいのだ。それが女の子になったのだから、かわいくないわけがない。


 エドワードはスカートの裾をひるがえして一回転すると「どう?」とみんなに聞いた。


 ブロンドのショートヘア、真っ白でツヤツヤな肌。メガネの奥の少し憂いを含んだ眼差しに、男だとわかっていても思わずキュンとする。


 おっぱいを大きくしなかったのに、腰回りは妙にプリンとさせたところがエロい。こいつ、どうしてこんなに俺のツボを知っているんだ。変態なのか?


 「エドワード、お前、かわいいな」


 ウルリックが目を丸くして言った。


 「えへっ。そうかな。私たち女の子になったんだから、お前とか俺とかは、やめた方がいいと思うよ」


 なんだ、こいつ。ノリノリじゃないか。


 「いや、しかし、なんだな…。マジでエドワードはかわいいぞ…いや、かわいいわ…」


 ベンは、なめ回すような視線でエドワードの腰つきを見ている。


 やめろ、そんないやらしい目でエドワードを見るな!


 「私は一番、うまくいったのはクリスだと思うんだけどなあ」


 エドワードは俺の手を取って、自分の方へと引き寄せた。顔が近づく。ドキッとした。かわいい。惚れてしまいそうだ。


 「ええ〜っ。そ、そうかな…」


 何か言わないと、一線を越えてしまいそうだった。俺の理性が崩壊しかけているのを知ってか知らずか、エドワードはそのまま顔を寄せると、俺のほほにチュッとキスをした。


 「あっ、いいな!」


 「百合だ、百合!」


 ベンとウルリックが騒いでいる。


 だけど、もう何か言い返す精神力は、俺には残されていなかった。


 「や、やめて」


 そう言って体を離しながらも、エドワードと繋いだ手は、離せなかった。指先が温かくて、ドキドキした。


 「ウルリック、私たちもキスしましょ」


 「えっ、やだ。だってあんた、ベンなんだもん」


 ベンはウルリックの両肩をつかむと、強引に引き寄せた。女になっても馬鹿力は変わらないらしい。


 「ちょっと、やめて!」


 ウルリックはベンの鼻先をスッと指で払った。ベンの動きが止まる。固まったように動かなくなった。


 「拘束の魔法?」


 エドワードが俺にしなだれかかるようにしながら、聞いた。


 「うん。こいつ、女になっても性欲旺盛だな。去勢した方がよくない?」


 ウルリックは服を直しながら、こちらに歩いてきた。こうして見ると、美人だ。女の声のウルリックに慣れたというのもある。化粧しなくても、十分に美人だ。


 俺たちは、女性化したまま山小屋の外に出てみた。夕方になっていて、空気が冷たい。スカートがこんなに寒いなんて、知らなかった。だから、ストッキングなんてものが必要なのか。街に戻ったら買おう。


 3人で肩を寄せ合って、互いに顔を見合わせた。なんだか楽しい。ほんの数日前までは何もかもがうまくいかなくてギスギスしていたけど、今ならなんだってやれるような気がしてきた。


 「ねえ、私たち、なんだかうまくいきそうな気がしない?」


 エドワードにキスされた時、俺の中の何かが吹き飛んでいた。そうだ。女子として新たな人生を踏み出そう。名前もクリスティーナにするか。


 「もちろんだ、子猫ちゃん」


 ウルリックは俺のあごをつまんで、自分の方を向かせた。セクシーなしぐさだ。こんな美人がやると、さまになる。俺はその指をつかむと、軽く口づけした。


 「ベンをどうしよう。ここに置いていく? それとも催眠魔法かなんかをかけて、意識を飛ばしたまま連れて行こうか?」


 エドワードがさらりとひどいことを言っている。確かに目が覚めれば、また誰かに迫りかねない。しかし、戦士のあいつがいないと、女ばかりのパーティーの俺たちでは、心もとない気がしないでもなかった。


 「いや、起こして連れて行こう。今度、誰かに無理やり迫ったら、置いていくぞって脅してさ。あいつだって、女の子のまま一人になりたくはないでしょ」


 俺の主張に2人がうなずく。俺たち…いや、私たちはベンにかけた魔法を解くために、小屋の中に戻った。


 そうだ。私たちの冒険は、ここからいよいよ始まるんだ。


 これまでは単なる序章だったんだ。


 しっかりクエストをクリアして、どんどん稼いでおしゃれな服を買おう。この体なら、ビキニアーマーなんかも似合うかもしれない。イヤリングやネックレスもほしいな。新しい女物のブーツも。


 猛烈にヤル気が沸いてきた。



                       ー完ー

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