人族の女を装っているが間違いない。
ほぼコミック版と同じ姿をしているから、すぐにわかったぞ。
ネイダの正体は、夢魔と呼ばれるサキュバスだ――。
魔王軍におけるポジは主に密偵だが、実は魔王直下のお目付け役という別の顔を持つ。
つまり幹部や将軍クラスの魔族に従いつつ、事あるごとに魔王に告げ口する監視役だ。
ネイダはルミリオ王国に追放されて落ちぶれたアルフレッドをスカウトし、闇堕ちさせてシャノンごと魔王軍に引き入れた悪女だった。
その後も事あるごとにアルフレッドに入れ知恵しては二人を処刑ルートへと誘い暗躍した最悪かつ因縁深き魔族の糞女。
名前を呼ばれたネイダは、その場で立ち止まり振り返っている。
やべぇ……つい声に出しちまった。
俺は大柄であるガイゼンの背後に隠れる。
ネイダは辺りを見渡すと、速足で人混みの中へと紛れ込む。
(クソッ、逃がしてたまるか――〈
俺はスキルを発動し、あの女の後を追う。
超スロー状態となった人々を掻き分け捜索する。
ネイダは既に〈
「もうあんなに移動してやがるのか!? クソッ、これ以上進むとスキルが強制解除されちまう! 追跡は無理か……」
俺が腕を伸ばすと〈
無論、ネイダの姿が消えて行く。
次にスキルが使えるまで60秒……完全に見失ってしまうだろう。
「だが名前に反応したってことは、あの女は間違いなくネイダだ……けど、どうしてあの女がオルセアにいる?」
まさか原作通り、俺をスカウトしに?
いや、落ちぶれてねーし。寧ろ順風満帆だっつーの。
ひょっとして別の目的で動いているのか?
ふと俺の脳裏に報告された魔族の存在が浮かぶ。
「……ネイダなのか? ラダの塔にマンティス・アーガを放った魔族は――」
「アルフ、どうしちまったんだ!? 急に消えてよぉ!」
ガイゼン達が離れた俺を見つけて駆けつけて来る。
「みんなすまん……悪いが俺に観光する暇はないようだ。これからオルセア王城に行く!」
このまま無視するわけにはいかない。
英雄の称号を持つ者として報告の義務があるだろう。
そう思い提案したが、みんなから「アルフ団長が行くなら私達も行く」という流れになり、結局全員で王城へと向かった。
◇◆◇
「やはり魔王軍の密偵が潜り込んでいたのか……そのうちの一人がネイダという人族の冒険者に扮したサキュバスだというのだな、アルフレッド君?」
王城に着くと勇者テスラに報告する。
アポなしで行ったにもかかわらず、なんか顔パスで城に入れてもらい、5分も待たずに会うことができた。
周囲の騎士達から兵士に至るまで、やたら愛想が良い。
早速、首にぶら下げている『英雄の証』が役立っているようだ。
テスラに問われ、俺は頷いてみせる。
「そうだ、間違いない。つい名前を口にしたら速攻で逃げ出したからな。素性がバレたから国外に出ようとしているかもしれない」
「なるほど、確かに……早急に検問を引き、アルフレッド君が教えてくれた女の特徴を元に厳しく取り締まろう。しかし、既に逃亡を図っている可能性が高い……まぁそうなったら、そうなったで仕方ないか」
「だったら同盟国に情報を通達したらどうだ? 少なくてもネイダの密偵としての行動は制限させれる筈だ。嫌がらせくらいにはなるんじゃないか?」
「いいね、流石はアルフレッド君だ。キミのそういう強かなところも気に入っているよ……しかし、よくネイダという魔族が潜伏しているとわかったね? 以前、そいつと遭遇したことがあるのかい?」
テスラに訊かれ、俺は戸惑ってしまう。
まさか前世で読んだコミック版のネタとは言えない。
「い、いや……まぁ、ゴルゴアっていう魔族を尋問した時に奴から吐いたんだ」
「タニングの都に襲撃した魔将軍か……一騎打ちでキミが斃した奴だね。なるほど」
大嘘だけどなんとか信じてくれたか。
あん時はハンス王子が人質に捕られ、尋問する暇なんてなかったんだけどな。
まぁ死人に口なしってやつだ。
だけどこれで、ネイダへの包囲網となるに違いない。
事実上、あのサキュバスの動きを封じたことになる。
密偵は顔バレと名前バレしたら終わりだからな。
軽くざまぁを食らわせてやったぞ。
「失礼します!」
そうテスラと話している中、一人の騎士が何やら慌てた様子で部屋に入ってくる。
「どうした? 何か急ぎか?」
「はい殿下……そのぅ、アルフレッド様にご伝達がございまして」
「俺に? 誰からです?」
「ハッ、ルミリオ王国の王太子、ハンス様からです!」
騎士は直立し敬礼しながら答える。
ハンス王子だと? マジか?
「それでなんと?」
「ハッ、『至急、【集結の絆】を連れて、我が国に戻られよ』とのことです!」
なんだって? ハンス王子、どういうつもりだ?
「それで理由はなんと?」
「……それが詳細な理由は語られず」
「語られないのではなく語れないんじゃないか? 同盟国とはいえ、自国の窮地を無闇には言えないだろう。それにフレート王でなく、次期国王であるハンス王子からの伝達という点では、国内で知られては都合が悪い何かが発生し、アルフレッド君にヘルプを求めているのかもしれない……キミはハンス王子に気に入れているんだろ?」
「まぁね……色々と良くしてくれる」
相変わらずキレッキレの勇者テスラだ。
「なら多分、ハンス王子個人で送ったモノだろうね。彼とは一度、会ったことはあるが聡明かつやり手の王子だ。少し灰汁の強いフレート王とは違うと思うよ」
つまりガチのヘルプってやつか。
けど他国の王子テスラから「灰汁の強い」とか評価を受けている、フレート王って……。
とにかくだ。
緊急事態であれば帰国しなければならない。
こうして、俺達【集結の絆】はルミリオ王国に帰還することになった。
ったく、観光する暇ねーじゃん。
◇◆◇
「また随分と急だな、アルフレッド?」
「もう少しゆっくりしていれば良いのに……」
ザックとリュンが見送りに来てくれる。
他には共に攻略した【大樹の鐘】と【戦狼の牙】の団員達が揃っており、勇者パーティである【太陽の聖槍】の姿も見られている。
ちなみに帰国用の馬車は、テスラが用意してくれた。
「緊急みたいだし仕方ないよ。これも勇者候補の辛いところだ。今度は観光目的で訪れるよ。なんか美味い店とか案内してくれ」
「ああ勿論だ、いいぜ」
「その時は是非にだ。楽しみにしている」
ザックとリュンが微笑を浮かべる傍ら、他の団員同士も「またな」と挨拶を交わし合っている。
ガイゼンは共に防衛を果たしたダナックと硬い握手を交わし、パールはフィーヤと抱擁していた。
前衛を務めたカナデとケティはいつの間にか打ち解け合っており、囮役を買って出たベイルは号泣しシズクが慰めハンカチを渡している。
シャノンもエリと「どうかお元気で」と寄り添っていた。
みんなも、すっかり仲良くなったな。
これだけ有能な英雄達が揃っているんだ。
オルセア神聖国は安泰だろう。
俺がそう思う中、テスラが近づいて来る。
彼も兄であるラウルと別れの言葉を交わしていた。
「アルフレッド君、それに【集結の絆】のみんな。本当にありがとう! キミ達と出会い共に戦えたことを心から誇りに思うと同時に感謝している!」
テスラの言葉に、その場にいる全員が頷いて見せた。
「俺達こそだ。良い経験になったし、楽しかった」
「……ああ、楽しかった。そう思う」
俺とテスラは自然と手を差し伸べ握手した。
「キミ達には助けられたよ! 今度はボク達の番だ! キミ達がピンチの時は必ずボクらが助けに来るよ! 共に『英雄の証』を持つ者同士の約束だ!」
「サンキュ! 俺達、【集結の絆】にとって、ここは第二の故郷だ。そう思っている。また共に戦える日を楽しみにしているぜ――じゃあな!」
間もなくして馬車に乗り、オルセアから離れて行く。
俺達は互いに見えなくなるまで手を振り続けた。