夜の十時過ぎ。
想真の緊急生配信が始まった。
画面に映る、少し酔った想真の顔。
『こんばんはー! 俺の誕生日記念、緊急生配信、急なのに見に来てくれてありがとう』
その言葉に、コメント欄が「おめでとう」で埋め尽くされていく。
それに投げ銭がいくつも投げられ、想真が笑いながら礼をつげた。
『あまいさん、ネコダヨーさん、ゼリーあげさん、えーと……皆投げ銭ありがとう。そうなんだよ、俺、今日で二十三歳になりました』
二十三歳って俺と同い年なんだよな。
好きなことして、こんなたくさんの人に祝われている想真が俺には眩しくて、はるか遠い世界の住人に見える。
すぐそこの部屋にいるけれど。ゲームはスマホゲーをちょっとやるだけだし。
俺の好きなことって何だろう。趣味といえるものはないんだよな……
そう思うとちょっと気が滅入ってしまう。
俺はビールを飲みつつ、ノートパソコンで生配信を見ていた。
『今日は、大事な人とケーキ食べたりして気分がいいから、初めての誕生日配信しようと思います』
大事な人、という言葉を聞いて、俺は思わずビールを吹き出すところだった。
すると案の定、チャット欄にめまぐるしくコメントが書かれていく。
『え、誰?』
『今の爆弾発言?』
『想真君カノジョ?』
いや違うから。カノジョなんかじゃないから。でもそんなコメントできるわけがなく、俺はあわあわしてコメント欄を見つめるしかなかった。
『あはは、男だよー。これ、貰ったんだー』
と言い、想真は俺がさっき渡した高級チョコレートが入った紙袋をカメラの前にかざす。
『あ、〇ディバのチョコレート!』
『甘いの好きだもんねー』
『私も事務所に贈りました!』
なんていうコメントが溢れだす。
驚いた俺は思わずビールを吹き出しかける。
あいつ何考えてんだよ、おい。ちょっと恥ずかしいんだけど?
そう思いつつ俺は、口の端から垂れたビールを手の甲で拭った。
数千人の人たちに動画を見られていて、しかもドラマや映画に出ている俳優である想真。そんな彼に大事、とまで言われてこんな間近で配信しているのを知っている俺は、特別な存在なのかな。
そんな思いがよぎり、俺は首を横に振る。
特別ってなんだ。俺は拾われただけじゃねえか。こいつの特別になりたいのか俺は。
自分の中に生まれた不思議な想いに戸惑いつつ、俺は酒をぐいっと飲んだ。
『さっきSNSのリプで募集した中から、選んだゲームをやりたいと思います』
そして表示されたのは、最近流行りのフルーツのパズルゲームだった。
同じスイーツをくっつけてどんどん大きくしていって、最後、ホールケーキを作るゲームだ。これなら短い時間でできそうだ。
『大事なともだちなんだねー』
『びっくりした、スキャンダル発言』
『大事な人どんな人ー?』
チャット欄は、大事な人のことで溢れている。
あいつ、これ以上爆弾発言しねえだろうなぁ。
ドキドキしながら見ていると、
『大事な人だよー、いっぱい一緒にいるしねー』
と言い、笑ってる。こいつ、けっこう酔ってるな。
『そうまくん酔ってるのー?』
『よったそうまくんかわいいー』
『そうそう、今ね、久しぶりにお酒飲んでるんだー』
と言い、ステンレスマグをカメラの前にかざす。
『チューハイ飲んでるんだ。でも明日も仕事あるから一杯だけ』
そして想真はゲームをやりはじめた。
単純なゲームなはずなのにけっこう難しくて、あっという間にスイーツが入った容器がいっぱいになってしまう。
『えー? 全然むりなんだけど』
笑いながら言う想真の声が聞こえてくる。
おちてきたスイーツが思わず方向にいってしまって思うようにいかないらしい。
『クッキー、なんでそっちいくの』
クッキーは軽いからか、あらぬ方向にいきやすいらしい。単純なゲームなのにけっこうそういうところ、意地悪だ。
『あはは! なんでそんなに飛ぶの、チョコレート』
おちたチョコレートがほかのスイーツにぶつかり跳ね上がり、容器の外に飛び出してゲームオーバーになってしまう。
どうも軽いスイーツは跳ね上がりやすいらしい。
にしてもエグい跳ね方したぞ?
スイーツにぶつかって、壁に当たって外に飛び出したし。
『これ、ケーキまでいけるかなぁ』
そんな想真の呟きに、チャット欄はがんばって、で溢れだす。
すごいなぁ……急な配信なのに数千人が見ている。
『あはは、ありがとう。あーでも、配信できるのあと二十分だよー。いけるかなぁ』
楽しそうに笑い、想真はプレイを続ける。ケーキまでいきそうでいかないもどかしい感じが続くが、ところどころに奇跡のようなことが起こる。これが想真の配信の魅力なのかもしれない。
思わぬ方にとんだクッキーが跳ねかえり、容器の壁にぶつかって戻ってきてクッキーとくっつきそこから連鎖が起きたり、そういうことが多くて見ごたえがある。
これ、生だよな? 編集ないんだよな?
その割にはおかしなプレイ多すぎだろう。
『なんで、そうなるのー』
思わぬことが起きるたび、想真が楽しそうに笑う。
けっきょく想真はケーキまでたどり着くことはできず、ゲーム配信は終わった。
『あー、無理だったー。でも面白かったしまた今度リベンジしたいと思います。急なのにたくさんの人が来てくれてありがとうございます。じゃあ、またね』
そして配信が終わった。
俺もビールが飲み終わり、ほろ酔い気分で部屋を出る。
すると想真も出てきてリビングで鉢合わせた。
「あ、俐月ー!」
「おわぁ!」
名前を呼んできたかと思ったら、勢いよく首に絡みついてくる。
思わずよろめき、でもなんとか耐えて俺は想真の顔を見つめた。
「ちょ、何すんだよ」
「配信おわったー。ねえ、どうだった?」
期待に満ちた目で見つめてくる姿はなんだか褒められるのを待っている子供のようだ。
「え? あぁ、面白かったよ。お前すげえな。なんであんな奇跡みたいなこと起きるんだよ」
「あはは、そうだねぇ。それ、俺も不思議なんだけどね。変なことよく起きるんだよね」
嬉しそうに笑いながら想真は言う。
「それで人気出て、いつの間にか八十万だからね。驚いたよ」
「いつ動画撮ってるんだよ」
「毎日ちょっとずつ撮ってるよ。編集は他の人に頼んでるけど」
あ、スタッフいるんだ。
「そうなんだ。で、なんで抱き着いてくるんだよ?」
「んー、気分いいからかなー。誕生日に楽しい、って思うの久しぶりだし」
言いながら想真は俺を抱きしめる腕に力を込めてくる。
「おい、やめろっての。苦しいって」
「あぁ、ごめん。ねえ俐月、もう一本飲まない?」
そう言いながら想真は俺から離れ、キッチンの方へと向かう。
んー、どうしよう。
でも今日はこいつの誕生日だしな。
「いいけど時間大丈夫かよ?」
「うん、まあ、大丈夫だよ。缶チューハイだしそんなアルコール強いやつじゃないし」
そして想真は、缶チューハイとビールを持って戻ってきて、ビールの缶を俺に差し出した。