人生をかけた大勝負の前日、人間はどう過ごすべきか。
アサヒはチームメンバーと暮らしているゲーミングハウスに最も近い図書館から帰る途中で、事故に遭ってしまった。
本日は
大会のルール上、1チームは四人編成だ。
スタートの段階で一人でも欠けたら失格となる。
チームによっては控えの選手の登録があり、アサヒたちMARSにはチームオーナーの
SOBZの“本家”であるPC版は、いわゆるバトルロイヤル系のFPSゲームだ。最大百人が一つの島に降下して、バトルゾーンに配置された武器や車両を使用し、最後の一人まで戦う。モバイル版も基本的なルールは同じだが、武器の発射レートやドロップ率が異なる。
PC版の公式大会は二部リーグ制であり、一部リーグと二部リーグそれぞれ16のプロチームが毎週末争っていた。三ヶ月ごとに一部リーグの下位3チームと二部リーグの上位3チームの入れ替えが発生するので、上位の賞金争いよりも下位の残留争いのほうが白熱することがある。
二部リーグに参戦するためのオープントーナメントは年に二度開催されていて、オープントーナメントの上位3チームと二部リーグの下位3チームが入れ替えとなる(この形式はモバイル版の公式大会にも採用されるのだが、それは作中時間からはちょっと先の未来の話だ)。
昼のスクリムの参加は「各自、自由に過ごすように」と決めた。ギスギスした雰囲気でスクリムに参加しても、空気が悪くなるだけだ。余計なミスを増やして、本番の明日に悪影響を及ぼしたくない。アサヒは気晴らしに散歩に出かけて、ふらっと図書館に入っていき、なんとなくで目に入った推理小説を手に取って、空いている席に座る。腰を据えて活字を読むのは中学生ぶりだった。
高校時代はゲームばかりしていた。
SOBZモバイルを始めたきっかけは『同級生に誘われたから』というありきたりで些細なものだった。当時リリースしたばかりのSOBZモバイルにその同級生よりものめり込んだアサヒは、プレイングスキルがめきめきと上昇し、ゲーム内で出会った他のプレイヤーと固定でチームを組むようになった。
調子づいてきたアサヒはSNSにアカウントを作成して、スクリムに参加したりコミュニティ大会に出場したりと、プレイヤー名“southern”として選手活動を始める。コミュニティで有名な“巧い”プレイヤーのアカウントがSNSで公開しているキル集をマネして、アサヒもスクリムでのクラッチプレイを集めて動画化し、公開した。
動画の再生数は伸びに伸びて、凄腕プレイヤーのsouthernとして名を知られるようになったアサヒ。プロeスポーツチームのMARSがSOBZモバイル部門を設立する際にはチームオーナーの那由他からDMが届く。PC部門はSOBZの強豪チームとして知られているMARSからの誘いだ。断るほうがおかしい。那由他は直接アサヒの実家を訪れて、両親に『プロゲーマー』という“職業”について説明し、理解と承諾を得た。ここから『プロゲーマー』としてのアサヒのキャリアがめでたく始まったのである。
「やっべ」
なんとなくで手に取ったにしては面白く、途中で読むのをやめてしまえば犯人が気になって試合に集中できなくなると思い、昼食を取るのも忘れて最後の1ページまで読み切ってしまった。気付けば夕方である。急いで帰らねば、夜のスクリムに間に合わない。本棚の元の位置に本を戻して、図書館を後にし、音が出ないように設定していたスマートフォンの画面を見れば、ディスコードの通知がたまっている。
開く。理玖が『夜のスクリム、参加するよな?』とテキストメッセージを送っていた。晴翔は『前日だし、休むのも大事よ』と返答している。好戦的なファイトスタイルで接近して倒し道を切り拓いていく理玖と、野生の勘とでも言うべき
「参加するんなら、このメンバーでないと本番の予行練習にならないっすね……」
もう一人のメンバー、圭はメッセージを送っていない。無言を貫いている。朝の言い争いの二の舞は演じたくないのだろう。こういう場合にリーダーのアサヒに意思決定を委ねるのが圭の長所だ。圭が一歩引いて状況を見守ってくれていたからこそ勝てた試合も多い。
スクリムとは、本番形式で行われる練習試合のことだ。大会の運営によりグループステージのグループ分けが発表されてからは、そのグループごとにスクリムが開かれている。あくまで練習試合であり、参加は任意であるが、事前に本番で戦う相手の力量やムーブを知ることができるので、プロチームは積極的に参加していた。
情報戦なのである。
本番に向けて、他のチームの戦力を見極め、自チームに有利な試合運びをするための。
チームメンバーが都合により四人で集まれなくとも、即席でチームを組んで空いた枠で参加する選手がいるぐらい、スクリムは重要視されている。ゲームの通常モードで練習するよりも、選手層が厚い。わざわざチームを組んで参加するような熱量のあるプレイヤーが集まっている。お互いの研鑽の場でもある。
スクリムは一部のプレイヤーたちが集ってボランティアで開いているもので、公式大会の運営スタッフは関わっていない。国内のプレイヤーのプレイングスキルの上昇のために、有志が尽力している。
スクリムでのMARSの戦績は非常に優秀で、順位表の
「戦いたい理玖、休みたい晴翔、どっちの言い分もわかるっていうか」
明日の初日。ポイントは多ければ多いほどいい。8位以内に入ればセミファイナルにはいけるのだが、プロとしての意地がある。ただでさえもMARSのモバイル部門の
アサヒは伸びてきた前髪を左手でいじりながら、右手には商売道具でもあるスマートフォンを握って、リーダーとしてどう決断すべきかを考えていた。髪は肩に付くぐらいの長さまで伸びてしまったので、セミファイナルまでには美容室へと行きたい。セミファイナルはゲーミングハウスからのオンライン参加ではなく、渋谷のオフライン会場での戦いになる。
「――おにいさん、あぶない!」
おじさんの声に「え?」と反応する前に、アサヒの肉体が宙に浮いていた。浮遊魔法によるものではない。上下反転して、頭上に横断歩道の白線がある。トラックの運転手が、目を飛び出しそうなほどにかっぴらいて、アサヒを見ていた。
そして。
「つまり、スマホ見てたらロードキルされたっていうか、次の瞬間には現実味ナッシングな真っ白い空間に飛ばされてたっていうか」
「ろ、え、何語?」
現在、アサヒとビレトはルースター村のカフェにいる。テーブルの上にはティーポットがあり、あたたかい紅茶のような飲み物がティーカップに注がれていた。砂糖とミルクはない。レモンに似たような柑橘類は存在しているが、その果汁を紅茶に入れる文化はない。ストレートで楽しむのがニルセバス流だ。ビレトに倣って飲んでいるアサヒだが、どうも口に合わない。紙パックのミルクティーが恋しくなる。
「車両で轢いて敵を倒すのを、ロードキルっていうっす。自分はトラックの運ちゃんの敵じゃないっすけどねー」
「しゃりょ? ……ごめん、アサヒ、ボクが頭悪いからかもだけど、アサヒの転生前の話、ほとんどわからなかったよ」