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第12話 そもそも、本当に妊娠してたのかしら。(裕司視点)

 原裕司30歳。

 大好きな彼女、山田真希と結婚するはずが婚約を破棄しなければならなかった。

 俺は1度の浮気で運命の相手と思っていた女を失った。


「裕司、やっぱりあまり気が進まないわ。真希ちゃんなら事情を話せば分かってくれるはずよ。結局、美由紀さんは流産したんでしょ。そもそも、本当に妊娠してたのかしら」

 俺が思ってても言わないことを、母は言ってくる。

 他の嫁候補など受け入れない程に、母は真希を気に入っていた。


 今日が初対面だが、母が美由紀を気にいることはないだろう。

 それくらい真希は母にとって理想の嫁だった。


「遅くなりました。丸川美由紀です」

 遅刻してくるのも問題だが、まさかの手ぶらで現れた美由紀に俺はため息をついた。

 彼女は今まで彼氏の家にお呼ばれしたりしたことはないのだろうか。

(真希はうちの親が何が好きか、俺に探りをいれてきたりしたな⋯⋯)


 気が付くといつも真希のことを考えている。

 元はと言えば、美由紀と出会った合コンも行く予定はなかった。


 女が4人くるのに仕事のトラブルで3人いけなくなったらしく、流石にまずいとピンチヒッターを後輩から頼まれた。

 「彼女がいるし」と断ったことを真希に伝えると、「後輩を助けると思って行ってあげれば?」と言われ参加した。


 酒が元々飲めないから、酒を飲んだつもりはなかった。

 でも、何だかとても酔ってしまった。

 丸川美由紀は俺に付き添ってきて、彼女にロックオンされたこともわかっていた。


 歩くのも辛いくらいの状態の帰り道、ラブホで休もうと彼女に言われた。


 その後、誘惑されるままに彼女と寝てしまったのは俺の失態だ。

 真希に対しての行き場のなくなった性欲を美由紀にぶつけてしまった夜だった。


 俺は淡白で性欲が強い方ではなかった。

 真希に恋をして初めてセックスをしたい欲求が存在するのを知ったくらいだ。


 ラブホに丸川美由紀に泊まった翌日、真希からの着信があったのに気がついた。


「昨日、連絡がつかなかったけれど、ラブホにいた?」

 真希がそれを知っているのは、俺が彼女と自分のスマホに位置情報共有アプリを入れていたからだ。


 いつでも、どこでも真希がどこにいるか感じたかったし、真希にも俺がどこにいるか知って欲しかった。


「うん、なんか酒飲んだつもりないんだけど潰れちゃって」

「もう、心配したよ。無事でよかった」

 特に真希も俺を追求してくることなく、その話は終わったはずだった。


 その日から2か月近く経ったある日、丸川美由紀から「妊娠した」というメッセージが届いた。

 俺はその一言に気が動転した。


 はっきり言って、あの夜の記憶は曖昧でしっかり避妊したかも怪しかった。

 そして、美由紀と会うと豆粒のような赤ちゃんが写っているらしい超音波写真と妊婦マークを見せられた。


「堕ろせとか言わないよね?」

「もちろんだよ。こうなった以上、お腹の子の為にも結婚しよう」

 俺は自分の血を分けた命が消えることは考えられなかった。


「2ヶ月前の合コンで会った丸川美由紀のお腹に俺の子がいるみたいで、別れてくれないか?」

 俺はとにかくお腹の子の幸せの為に、真希と別れなければと思った。

 俺はいつものように彼女の部屋で彼女の手料理を食べた後、決死の思いで別れを切り出した。


 こんな人とはもう出会えないと思った、最後の恋だと信じた真希との別れ。

 それは俺にとってとてもキツイものだった。


「子供ができたって、そういうこと彼女としたんだね。裕司のED(イーディー)が治ったのなら喜ぶべきことだよね。子供にも罪はないもんね。ちゃんと認知して私と裕司で育てよう」

 このような時も俺を一言も責めず笑顔で俺に接してくる真希が少し怖くなった。


 そして、俺がED(イーディー)だと軽くついた嘘を信じ切ってることに胸が痛んだ。


 彼女は5歳の時に親の不倫現場を見たことで性的ものへの嫌悪感が強いと言っていた。 彼女は「結婚したら頑張ってみる」と言っていたが、本当は一生セックスをしたくないのではないだろうか。


 俺は彼女と結婚したら、一生セックスできないかもという気持ちに囚われた。


 彼女から幼少期の告白を聞いた時、俺は自分もED(イーディー)だからそんな思い詰めなくて良いと冗談で言った。


 しかし、真希が「辛かったよね、悲しかったよね」と泣いて俺に共感したので引っ込みがつかなくなった。

 本当は彼女に恋してから、彼女とセックスをしたくて仕方がなかった。


「子供の母親は美由紀だから、美由紀と結婚する。とにかく、子供の為にも別れて」

 真希の表情を見るのが怖くて、俺はその場を後にした。

 真希がなかなか別れる気がないことを美由紀に告げると『別れさせ屋』を紹介された。


 『別れさせ屋』のやり方は簡単だ。

 ターゲットを惚れさせてターゲットから別れを切り出させること。

 しかし、真希は男としても人としても魅力がある最上級クラスの男にも引っ掛からなかった。


「俺の手にかかって落ちなかったのは、山田真希が初めてです。そして、俺の正体が『別れさせ屋』だと見抜いたのも彼女が初めてです。彼女はもう原さんとは別れると言っていました。ミッション達成なので報酬を今日中にこちらの口座に振り込んでください」


 俺の元に現れた岩崎聡はどこか怒っているように感じた。


「今日中って」

「払えるでしょ。原さん、山田真希さんを最低の傷つけ方をして別れたことを忘れないでくださいね。そして2度と彼女に近づかないと約束してください」


 俺は岩崎聡の言葉に、彼も真希に惚れたのだと確信した。


♢♢♢


「来月にはスペインよね。スペイン語とか勉強しているの?」

 俺は母が堅苦しい場の空気を変えようと、話題を提供してきた言葉に現実に引き戻された。


「えっと、それは行ってから何とかなるかなと。英語も通じますよね」

 33歳丸川美由紀は、日に日に俺をがっかりさせる。


 真希はスペイン語もあっという間にマスターした。

「日本語と発音が似ているから楽だったよ」

そんな風に明るく言っていたのを覚えている。


「美由紀さんは英語が堪能なのかな?」

 父がフォローのように言ってくるが、明らかに顔つきが強張っている。


「私は帰国子女でもないので、得意なのは埼玉弁くらいでしょうか。英検は3級くらいは持ってますよ」

 彼女は笑いを取るつもりで言ったのだろうが、全く笑えない。

 美由紀の言葉に真希は海外に言ったこともないのに、英語が堪能だったことを思い出していた。


 帰国子女でもないのにネイティブのような発音をしているのはなぜか真希に尋ねると「ラジオと映画を字幕で見たりして、発音を真似しているの」と明るく返してきた。


「お料理とかなさるのかしら? あちらでは奥様方でポットラックパーティーとかするみたいよ」

 母は体調を崩した時に、真希が仕出の弁当のような手料理を作って持ってきたのを思い出しているのだろう。


 真希は知れば知るほど、その優しさや気遣いが心に染みる良い女だった。


「CDC料理教室で花嫁修行中です」

 照れながら言う美由紀は全くこの空気が読めていない。

 CDC教室といえば、元生徒が金出してライセンスとって先生やっているライセンスビジネスの料理教室だ。


 いわゆる料理のできない素人から搾取するビジネスモデル。

 自分は普段は料理をしませんと言っているようなものだ。









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