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第14話 なんか、こいつ危ない⋯⋯逃げた方が良い。(美由紀視点)

 丸川美由紀33歳。

 銀行の窓口は所詮、行員のお嫁さん要員だ。


 そして、行員は皆結婚が早い。

 転勤が多いことと、結婚することで信用力を上げるためだ。

(結婚してると信用力が上がるなんて馬鹿げている⋯⋯)


 私は7年近く同期の佐々木英樹と不倫していた。

(ほら、結婚してても信用なんてできないでしょ)


 行員で社内不倫なんてバレたら致命的だ。

 それも分かっているのか、英樹自身必死で不倫を隠している。


 いっそバレてしまって奥さんと別れてしまえと思っていたところ、後輩から合コンに誘われた。

 その合コンに来たのが、現在の婚約者である原裕司だ。


 下戸らしくウーロン茶を注文していたので、私は店員に言ってこっそりウーロンハイに注文変更した。

 気がつけばベロベロになった彼をラブホに連れ込んで寝た。

 もしかして、このまま関係が始まればと期待したが「婚約者がいるから」と断られた。


 この年まで売れ残ってしまうと、本当にキツイ。

 お昼を一緒に食べに行く同期もいなくなり、周りの行員は若いだけの子をちやほやする。


 原裕司と寝た夜から2ヶ月程たった時、無性に虚しくなり彼に「妊娠した」と連絡した。


 彼はラブホに来るのも初めてと言っていたし、商社マンの割に純粋な人間だった。


 私の妄言をすっかり信じて、責任をとると言い出した。

 私はネットで赤ちゃんの超音波画像と妊娠検査薬を慌てて購入し、駅で妊婦マークをもらった。

(一発で、妊娠するわけないじゃん。馬鹿かよ⋯⋯)


 婚約者の話は私が妊娠してからは出てこなかった。

 私が妊娠中だということで、私の心を気遣ってのことだと思った。


 私は心優しい上に、高収入の「当たり」の相手をゲットしたと確信した。


 裕司とスペインに行くのもヨーロッパのガイドブックを買って楽しみにしていた。

(スペイン語は出来るか聞いてくるとか嫌味な親⋯⋯銀行勤務の私が出来る訳ないじゃない)


 彼の両親と同居予定と聞いた時はゾッとした。

 正直、裕司は今どき珍しい次男坊で、彼をゲットした私はラッキーだと思っていた。

 家も大きかったからご実家の援助は期待していたが、同居を期待されているなら彼の両親とは疎遠になりたい。


♢♢♢


「じゃあ、みんな新しい仲間の山田真希ちゃんに乾杯!」

 支店長の乾杯の合図と共に宴会が始まる。


 たかだか、アルバイトの案内係が入ってくるのに支店長が奢ってまで宴会をするなんて不思議だ。


 山田真希を見ていると、見るからにジジイ共が好きそうな可愛らしいあざとい見た目をしている。

(何? 支店長の女かなんかなの? 特別扱いすごくない?)


「真希ちゃん、今日はありがとね。中国語しか喋れないお客さんなんて、滅多にこないから対応助かったよ」


「いえいえ、少しはお役に立てたなら良かったです」

 開口一番、私のことを裏でババア扱いしている仕事のできない新人の間宮夏帆が山田真希を褒め称える。


 若い子同士意気投合したのか仲が良い。


 若いのに社員ではなくバイトしかできない山田真希とやらは、低学歴だろうになぜ中国語が喋れるのか。


「今日、システムトラブルあったんだけど、真希ちゃんがパパッと直してくれて助かったよ」

英樹が鼻の下を伸ばしながら、山田真希に話し掛けてて苛立った。


 彼は私と付き合っていたのに、取引先の娘と結婚し良家に婿入りしたクズだ。

 そのせいで私は婚期を逃した挙句、私たちの関係は不倫と後ろ指刺されるものになってしまった。


 私と彼は体の相性が抜群だったせいで別れられなかった。

 彼は私の7年を無駄にした癖に、今は目の前の若い低学歴女の山田真希に夢中だ。


 私はバイトの癖に支持を得ている山田が目障りだったので、マウントを取ることにした。


「山田さんって若いし可愛いから、正社員でもいけそうなのに何でバイトなの? 就職活動って今そんな厳しいの?」


「真希ちゃんは、僕の大学の後輩で、三友商事に勤めていたんだよ。結婚予定があって退社したのに、婚約破棄されちゃった可哀想な子なんだ。こんな良い子を傷つけるなんて、本当に馬鹿な男がいるもんだ」


「支店長、面談の時は場違いな私情を聞いて頂きありがとうございます。勤めていたと言っても2ヶ月半なので職歴にもならず、途方に暮れていたところを拾って頂き本当に感謝します」

 支店長が山田真希を娘のように愛おしそうに見つめ、彼女も視線を返した。


 私は、三友商事と婚約破棄という言葉に血の気が引く。

(まさか、山田真希って裕司の婚約者だった子じゃないよね⋯⋯私に復讐するために此処に来たんじゃ)


「佐々木さんの奥様も、これからも宜しくお願いします。なにぶん、社会人経験がないに等しいものでご迷惑お掛けするかと思いますが」

 山田真希が、私を「佐々木さんの奥さん」と呼んで頭を下げてきた。


(なんか、こいつ危ない⋯⋯逃げた方が良い)


「真希ちゃん、この人は俺の奥さんじゃないよ。ただの同期」


 山田真希の危険性をまだ感知していないのか、英樹が平然と回答していた。


「私、お2人が仲良く組んでいるところ2回見たことあります。渋谷と池袋でクラフトビールのお祭りをやった際に、イガラシフーズのブースでおつまみを配ってたんですが覚えてないですよね。すみません、私、一度視界に入った人は覚えてしまうんです」


(何、その一流キャバ嬢みたいなスキル!)


 私と英樹の逢瀬は大体、夜飲んでからラブホに行くのお決まりのコースだった。


 4月はお手軽に済ませられ、お祭りの1200円のビール券で3杯飲んでからラブホに行った。


「やばい、不倫バレ? 渋谷と池袋って、支店のある新宿避ければバレないと思ってるのが笑える」


 ぼそっと皆に聞こえるように、新人の間宮夏帆が呟いた。


「佐々木くん、ササキ食品のお嬢さんと縁を結んでやったのに何をやってるんだ。丸川さん、君も今度結婚するんじゃなかったのか!」


 支店長が鬼のような形相で激昂した。


「丸川さんっておっしゃるんですか? 私の婚約者だった原裕司を略奪した女性が丸川美由紀という方なんです。まさか、違いますよね」


 顔を覆いながら言ってくる山田真希は手の下で笑っているのだろう。


 皆の注目が一気に私に集まった。



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