「川上陽菜! 少女売春斡旋の容疑で署までご同行願いたい」
警察官がゾロゾロと部屋に入ってきて、川上陽菜に迫る。
「えっ? ちょっと、何よ!」
彼女は見たことないくらい動揺していた。
雨くんが事実を掴み、別件でも彼女が逮捕されるように通報でもしたのだろうか。
ふと、彼の方を見るとウインクで合図された。
私の腹違いの弟はとても賢い子だったらしい。
しかしながら、3人の殺害容疑を立証できるものがないのが悔やまれる。
「俺もついていきます。お話しをしたいことがあるので⋯⋯」
雨くんが警察に言った言葉に私は血の気が引いた。
彼は自分の罪も自白し、川上陽菜と心中するつもりなのだろうか。
雨くんと会えなくなるのは嫌だ。
私は彼を勝手に敵だと満たしていた。
彼はマザコンじゃない。捨てられた癖にいつまでもマザコンなのは私の方。
雨くんは現状を客観的にしっかり見れている。
川上陽菜を母親としてではなく、既に一人の人間として見ている。
私にとって母は、一人の人間ではなく母親だった。
母は私にとって絶対で、母の落ち度に目を瞑り慕い続けた。
雨くんを遮るように聡さんが立ち上がった。
「弁護士の五十嵐聡と申します。川上陽菜が先のススキノの火災事件の実行犯だと自供しました。私はこの後予定があるので、何か聞きたいことがあればこちらまで連絡ください」
私はいつの間にか弁護士バッチをつけて名刺を差し出している聡さんに釘付けになった。
彼がポケットからボイスレコーダーを出して、警察に渡している。
(ボイスレコーダーを持ち歩いてたの? さっきの自白が録音できているなら、川上陽菜の罪の証拠になるわ)
言葉を交わさずに連携プレイを初めていた聡さんと雨くん。一緒に住んでいる中で心が通じ合ったのだろう。
警察官たちが会釈をして、川上陽菜を連れてドアの向こうへと消えていく。
「ひゃひゃひゃーっ!」
川上陽菜が急に高笑いを始めた。
相変わらず状況判断が早い女だ。
自分が息子にしてやられた事に気が付き、今できる最大限の方法で自分の罪を軽くしようとしている。
「精神異常装ってるの? 流石に無理でしょ。この方、『HARUTO』の開発者ですよ。警察署でも使ってますよね。『HARUTO』と同じように、最適解を自動に打ち出してます」
雨くんの言葉に警察官たちが苦笑いを浮かべる。
川上陽菜は目が飛び出しそうなくらい、目を見開き雨くんを見ていた。
そんなに自分の子が裏切ったのが信じられないだろうか。
自分は彼を捨てた癖に酷い話だ。
私も、両親を一度くらい雨くんのように驚かせて見たかった。
従順にしていれば愛されると信じて、色々な気持ちを押し込めて微笑んでいただけ。
親離れできないまま大人になった私。
最初から親離れしていた雨くん。
私の腹違いの弟はどうして私を守ろうとしたのだろう。
(終わったの?)
「雨! 博多に行ったのにラーメン1つ食べれず札幌に来たんだ。美味しいラーメン屋に案内してくれないか?」
聡さんの突然のラーメン食べたいアピールにずっこけたくなった。
「庶民アピール?」と心で毒吐く私は相当性格が悪い。
でも、私も今すごく塩分たっぷりのラーメンが食べたい。
因縁の相手との対決を終え、フラフラだ。
実のところ、私は何もやっていない。
川上陽菜を追い詰めなければと思いがありながらも、少し逃げ越しだった。
私から全てを奪っていった女で途方もなく賢く、病的に自分勝手な女。
できれば会いたくない存在だった。
化け物のような女を最終的に倒したのは、何もできない赤ちゃんだった時に捨てられた雨くん。
「聡さん⋯⋯俺、5件くらいおすすめありますけど」
雨くんがニコッと笑う。
彼が自分より不幸な人生を送っていて欲しいと思った自分が情けない。
今、私は心から私の腹違いの弟がこれからは絶対幸せで会って欲しいと願える。
たった1人赤ちゃんポストに捨てられ、15歳で外に出て1人戦ってきた男の子だ。
「全部案内してほしいよな。真希!」
私は2人が私に笑顔で語りかけながら差し出した手を、胸いっぱいでなんとも言えない気持ちで握り返した。