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脇差・長谷部国信1-7

「さて、と……」

 と、分かりやすい掛け声と共に、わなみは懐の鉄扇で背後を狙った二人の顎を順番に打つ。そして、怯んだスキに背後に回り込み――後頭部を鉄扇で交互に打ちつける。

「丸腰の女の背後を狙うとは……揃いも揃って格安野郎だな」

 そうわなみが呟いた時。

「やめて!」

 後方で果南の声が聞こえた。

「かせ! こいつが『浪漫財』だって事は分かっている! 『浪漫財』は我ら華族が持つに相応しい! お前のような……」

「やめて下さい! 『浪漫財』であろうとかなろうと、関係ありません! 私には、もうこの子しか……!」

 布に包んだ抜き身の脇差を持った果南から脇差を奪おうと沼倉が引っ張る。果南も何とか持ちこたえようとするが、力の差では叶わず、わなみらが駆け付けるより早く沼倉は果南の身体を蹴り飛ばし、脇差を奪い取った。

 ――まずい!

「おい、その脇差に刺激を与えるな!」

「もう遅い。これは僕の物だ!」

 わなみの忠告を無視し、沼倉は声高らかに笑った。

「お嬢様!」

 ちょうどチンピラを全員倒した欅が、地面に倒れる寸前に彼女の身体を支える。

「私より、脇差が……!」

「ほら、やはり僕のような高貴な人間のこそ、これは相応し……」

 と、彼が得意げに言いかけた時――


 ぱりん――


 と、小さな破裂音と共に、沼倉の手元で脇差が割れた。小さな欠片が幾つも手の中から零れ落ち、地面に錆びた破片が散らばった。

「これは……!? どう、なっている!? 何故折れた!?」

「う、嘘っ……」

 刀身を失った柄のみを持って狼狽える沼倉と、その混乱が感染したように地面を這いながら果南が彼の足元の刀の欠片に縋りついた。

「そんな……!」

「お嬢様、素手で触っては……」

 制止する欅の声は届かず、彼女は指先を傷付けながら欠片を拾い集める。しかし、欠片を集めたとしても、元の形に戻る事はない。

「ど、どうしよう……大事な物なのにっ……お父さんの形見で、東宮の家宝で、守り刀なのに……私の、せいで……ご、ごめんなさいっ……ごめんなさい……」

 ごめんなさい、と謝罪を口にしながら、果南は半ば壊れたように両膝をついて欠けた刀の残骸をかけ集める。その姿を呆然と立ち尽くして見守る欅を一瞥した後、わなみは彼女に歩み寄る。

「もしお前が本気でそう思うのなら……もう眠らせてやれ」

「え……?」

 果南が顔を上げた。いつの間にか全員の視線がわなみに向かっていた。

「その脇差は、確かに長谷部国信作の『浪漫財』だ。だが、もうそいつは刀としては死んでいる」

 鑑定してみて分かった。あの脇差は明らかに人を斬った跡があり、残る錆びや刃こぼれから、その後ろくな手入れもされず、長い間放置されていた事が分かった。放置した時間は南北朝時代から現代まで。手入れしようと試みたかも知れないが、当時の血錆びが結構酷かった。どう足掻いても取り戻せない領域まで、あの刀はきてしまっていた。

 ――それこそ、ちょっとの衝撃で砕け散る程に……。

そして、血錆びで汚れた刀が研磨されずに放置されれば、刀としては死ぬ。

「刀というのはお前達が思っている以上に繊細で、わなみら人間の手で護ってやらないといけない存在だ」

「わ、私のせいですか? 私がこの子の主として未熟だから」

「いや、お前一人のせいじゃない。形ある物は壊れる。人が永遠を生きられないように、人にしろ刀にしろ、必ずその時は訪れる」

 わなみは店の入り口まで飛び散った刀の破片を拾う。指に触れて、直にこいつの錆びが伝わった。血錆びだけではなく、潮や酸化など、環境の変化による痛みもある。それは、この脇差が今まで色んな人の手の中にいた証だ。時に武士、時に漁師――そして商家。色んな人達を、こいつはずっと護ってきた。

「よく頑張ったな。もう、おやすみ……」

 そう脇差に告げた時、黙っていた沼倉が叫び出した。

「ふざけるな! 折角の『浪漫財』が、お前のせいで台無しだ!」

 怒りの矛先は果南へ向かい、沼倉の視線が果南を突き刺した。

「ちょっと! 御主人の話を聞いてなかったんですか? その脇差はもう寿命だったんです」

「黙れ、黙れ、黙れ! 僕の物なのに……そいつを、よくも!」

 ちょうど足元にいた果南に向かって、沼倉が隠し持っていた短刀を振り上げた。

「まずい!」

 距離が離れすぎている。わなみも星乃も間に合わない。

「……っ」


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