昨日の夕方から激動の連続だった。
交番に連れて行かれた後、一樹くんが警官さんに開口一番『五月のストーカーと俺を殺しにきてる連中がいる』という変な事を言い放った時、吃驚したのは鮮明に覚えている。
何を馬鹿なこと言っているのかと思った。そんなこと、小説か漫画だけの話だろうに。
本人の前では絶対言わないけれど、あの人ちょっとズレてます。一般的な感性がズレてると言われる私の眼から見ても。
振り返ってみたら、変な亀が店長をしているカフェでお話しした時も、私が振った話題についていけていた。
おそらく彼は、本当に知識があったのだろう。日常的に触れてないと出てこない性癖とか知っていたし。
「何者なんでしょうね本当に。サークルがどうとか言ってたのでそれ関連でしょうか?」
あと、あの言動といい『本音がでてしまった』発言といい。
「おそらくあの人は嘘が苦手なタイプですかね。詐欺師のカモにされるタイプ」
まぁ、嘘と真実を混ぜて喋られたら分からないけれど、いやそれも出来そうになさそうだ。雰囲気で分かる。腹の探り合いも得意じゃなさそう。
行動力や言動とか大分おかしいけど、それは私に話しかけてくる時点でまともな神経じゃないからそれは気にしなかった。少なくとも悪い人ではなさそう。言うならば。
「……愛すべきアホですかね」
それにしても昨日の王子様宣言……もう告白じゃないですか。私は今でもその言葉が心に刺さっています。惜しくなら本人はそう思ってなさそうな所ですけど。
◇メッセージ欄
『映画館はいつにしましょうか?』[既読]19:01
『私は「〇〇の夢」という映画を鑑賞したいです』[既読]19:02
『そうだなぁ。来週はバイトだからちょっと』19:02
『そうですか……残念です』[既読]19:03
『なら再来週はどうでしょう?』[既読]19:03
『私は予定空いてますよ?』[既読]19:04
『あの、大丈夫ですか? 返信遅いですけど?』[既読]19:04
『何か気に障ったのならごめんなさい』[既読]19:04
『ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい』[既読]19:05
『えっ? なんかあった?』19:06
◇
気がかりな事がまた一つ増えた。
一樹くんの返信が遅いのだ。前は爆速で返信貰ってたのに、今は数分待たないと返信が来ないのだ。
そうこうしているうちに玄関から金属音が鳴り響いてきた。
「帰ったぞい!」
声の質からしておそらく、父上が帰ってきたらしい。
「ってあれあらら、芽衣と母さんは?」
父上は官僚系の仕事に勤めており、本人曰くエリート街道を走っている仕事マン。にしては早いご帰宅である。
「芽衣は部活で、母上はその手伝いに駆り出されています」
「なるほどだから通りで。五月は何やってたんだ?」
「大学の授業に向けて勉強していました」
◇
「それで……例のやつ、まだやっているのか?」
「例のやつ? 昨日は喋るネギを刻んだりしましたが?」
「違う。王子様なんたらかんたらだよ! もうその意味不明な行動してないかっつってんの!」
父上は急に興奮しながら詰め寄ってきた。父上は急に情緒不安定になるから困る。
「そのことですか。行動してるかしてないかはこの際投げておくとして、王子様候補探しに意味はありますよ」
「……一応聞こう」
「だって釣った魚は逃したくないじゃないですか。だから彼氏候補は王子様候補と認定して囲い込む方法を取ってるわけです」
「女なら堂々と告白でもしちゃ、男なんてコロっと落ちるのに」
父上は残り少ない髪の毛を自身の右手でガリガリワシャワシャしながら、不満げな表情を見せている。
「もしかして五月。まだこの雪の中でその王子コンタラマンタラを待っているのか!? 近所迷惑だから今すぐやめてくれ」
「いいえ父上。今はやっていません」
「ほう? つまり、ついに諦めたんだな」
「違いますね坊主頭。その必要が無くなったからです」
「ハゲではない。坊主って言うんだこれは」
ハゲとは言っていないのに。父上にとって坊主という言葉はハゲと同義なのだろうか。反応するとよりめんどくさくなるので無視しよう。
「必要が無くなった理由は私にも王子様候補が出来たためです。実は昨日にも彼が自宅へやってきてました」
「なんだと……? 少女漫画の見過ぎで出逢い方から拘るくらい理想が高くなってるあの五月が……!?」
「あの人がきた時『キタァァァ!』と思いました。少なく見積もっても平均以上の顔ですし、おそらく香水をしてるからかいい匂いもしますし」
それに何回か会って、好きなのかなという感情まである。そして昨日、私からお出かけのお誘いをした。こんなことは初めてだった。
「なるほど、ついに引き当てたか。理想の男を。話は分かった。いざとなったら俺を頼ってくれ」
「安心してください。父上の手は煩わせません。まあ、彼が浮気でもしたら殺しの依頼出すかもしれませんが」
「お父さん、聞かなかったことにしていいかな?」