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第9話

「もう、ごみ処理場にいけない」


 ひとしきりかき回され、最初の勢いを失った様子で動かなくなったゴミ箱に対し、スズカは一仕事終えた疲労感を表すように肩を落とした。


「やっぱり。オレンジジュースなんて入ってないじゃないですか」


 その指摘に、ゴミ箱は縁を震わせた。なるほど、若い男女の言う通り、彼らはゴミを捨てておらず全てはゴミ箱による一方的な嫌がらせというわけだ。


「ぐっ」


 言葉を失うゴミ箱と、無実が明らかになって胸を撫で下ろす若い2人。端的にゴミ箱が悪いのは誰の目にも明らかだが、私自身の境遇を思うと少しばかり居心地が悪い。


 この世界でもやはり、人間とそれ以外は争うものなのかと思うと、気持ちが落ち着かない。


「だ、だからなんだ。ごまかされてくれれば見逃してあげようかと思ったのにぃ」


 そんな私の心中など知る由もなく、ゴミ箱はさらに事態を悪くしそうな物言いをする。威圧的に声を荒げるものの、一度強引に腕を入れられた恐怖からか、かたかたと音が聞こえるほど震えているのにもかかわらず、気の強いゴミ箱だ。


「そうは言いますけど、最近類似の恐喝がセイバーズにも聞こえてまして。ちょっと事務所でお話しませんか」


 スズカは調子を崩さない。

 この分では食事の予定は流れてしまいそうだ。などとどうでもいいことを考えている間にも、ゴミ箱は苛立つ様子で奇声を上げた。


「そんなのお断りですぅ、一度手ぇ突っ込んだくらいで勝ったと思わないでほしいんですけどぉ」


 ゴミ箱の主張は既に私の理解の及ぶところでは無いが、敵対心を燃やしていることだけはどうにか理解できる。


 口論というより口喧嘩に近いようなゴミ箱の言葉をスズカがいなす、そのやり取りを何往復か繰り返した頃、一方的に業を煮やしたらしいゴミ箱が一際大きな声を出した。


「ええい、素直に見逃してくれればまるく収めてやろうと思ったのにぃ、後悔させてやるぅ」


 酷い逆恨みに目眩すら感じる。さすがに口を挟もうとした時には既に、私の判断が遅く、ゴミ箱の暴挙は早かった。


 どこかに隠していた、というよりゴミ箱としての擬態を解いたという方が正しいのかは定かではないが、ゴミ箱を人間の胴とした場合、二足歩行ならそこに生えるだろうなと言うべき場所に手足が現れる。


 顔は無いが、人間の胴で言う胸の位置に当たる場所に掛かった燃えるゴミと書かれたプレート部分に半円状の目が輝いている。


 可愛いと面妖のやや面妖寄りの風体に変わったゴミ箱怪人はあろうことかスズカに対してその拳を振るう暴力に訴えた。


「きゃっ」


 悲鳴を上げてよろめくスズカの体。ゴミ箱がどれほどの力で彼女を叩いたのかはわからないが、さすがにこれ以上見ていられない。


「あなた達は離れて」


 保護していた男女を離れた場所に誘導してスズカに駆け寄る。幸い外観上目立った怪我は無さそうだ。


「大丈夫?」

「いやあ、怒らせちゃいました」


 短いやり取り。

 怒らせたとは言え、急にあんな所に手を入れれば誰でも怒るとは思う。まさかわざと怒らせたわけでもないだろうが。


 そういう疑念を抱いたのを察しでもしたのか、スズカは申し訳なさそうな顔を見せる。


「中を見せる事は、彼も同意してたんですけどね」


 スズカ曰く、私が気づかなかった所で中を検める許可は取っていたらしい。


「だからって急に手ぇ突っ込むこと無いでしょうがあ」


 全身を震わせ、ゴミ箱が荒ぶる。

 それはそう。もしかしたらスズカはそういう所で雑な性分なのかも知れない。


 とは言え、売り言葉に買い言葉でここまで事態が悪化してしまっては収拾もつかないだろう。


「それで、ここからどうするの」

「少々荒っぽいですが、捕まえて事務所でお話させてもらいます」


 スズカは実力行使を選んだようだ。しかし一見すると細身で力強さのようなものが見受けられないスズカに一体何ができるのか。


 不思議な物を見る顔で、私の背を向けるスズカの背中を観察する。


 彼女は何かしらの端末を手に取り、顔に添えたそれに何かを呟く。


「圧縮装備の展開を実行します」


 言葉に反応する機構が端末と、彼女の衣服に備わっていたのだろう。僅かな光が服から漏れ、その見た目が明らかに運動に適さないと思われる、ひらひらとして鮮やかな、一見装飾が多すぎるように感じられる程フリルとリボンによって飾られていく。


 とても戦いに赴くに相応しくないと思われるその姿、しかし衣装のフリフリとふわふわとした部位に取り込まれていくように集まる淡い光は確かに。


「あれは、魔法」


 この世界に来てからほとんど感じなかった魔法の力による輝きだった。



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