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第10話

「ちょ、ちょっとカッコよくなったからってぇぇ」


 明らかに臨戦態勢に変じたスズカに対し、己を鼓舞するように声を荒げるゴミ箱。素直に降参すれば良いのにと思わなくは無いが、そうしないのはゴミ箱なりの意地のようなものがあるのだろう。


 実際、魔法の力を纏ったスズカは、すぐに行動を起こすわけではなかった。戦う姿勢を見せることで引き下がってほしいと思っているのだろうが、その優しさはどうやら効果がないらしい。


 魔法。この世界でも私の翻訳機のように、ある程度技術が確立しているようだが、それでも感じていた違和がある。


 私の世界における魔法、その源となる力は、己の中にある精神的なエネルギーと、あの世界に存在するある植物から発せられる粒子によって引き起こされる現象だ。


 世界によって魔法という力の引き出し方が多少異なるのだろうが、魔法を用いるために必要な粒子を、この世界で感じ取ることができなかった。


 だからこの世界では強い魔法の力を発することは難しいのだろうと思っていたが、スズカの衣装が取り込んでいるのは、この世界で感知できなかった魔法の粒子に似たものを感じる。


「ちょっと待っててくださいね」


 私の混乱に気づいているのかいないのか、スズカは一度私に顔を向けた。何かしらの心遣いをしてくれたのだろうが、戦いをする気に満ちているゴミ箱にとってはそれは大きな好機となる。


「ヒャァァ、隙だらけだぜぇぇ」


 大きな声で攻撃を宣言したのは優しさか無策なのか、少しばかり考えてしまうところだが、真正面から殴りかかる姿と表情に知性のようなものが見受けられないから、おそらく無策の方だろう。


「はっ」

「いたぁぁ」


 だから、スズカは落ち着いて、体をひねるようにな動きでゴミ箱のスネあたりを蹴る。


 先に仕掛けた方のゴミ箱は攻撃の軸足を潰され、殴る手の動きが止まる。


「だっ、いやっ、ちょっ」


 その後も攻撃を仕掛けようとする度に容赦無いスネ蹴りがゴミ箱を襲う。その執拗な軸足責めは少しずつ少しずつゴミ箱の戦意を削いでいくのが、見ていて何となく察せられた。


 この流れは、城で度々開かれる戦技披露会で見たことがある。魔王の軍に所属する兵達が部門も身分も関係なく、その技をぶつけ合い、栄誉を掛けて戦う行事だ。


 基本的にはそれまでの訓練で身に着けた技を披露するものだが、中には実戦で使うには不便であるような見た目が派手な技をこのときのためだけに開発するようなお調子者も居て、そういう者は結果は出せずとも会を盛り上げる立ち位置として名が知れたり人気が出たりもする。


 一方で、堅実に勝利と栄光を求めるあまり、鍛えた技を披露するよりも嫌がらせに近いような小技を弄して相手を粛々と倒す者もいる。


 戦い方として間違っているわけでもないが、祭りのような側面も持つ行事の中では、味気無く、盛り上がりに欠けるとして人気がないのも確かだ。


 スズカの戦い方は、どちらかと言われれば、塩試合と呼ばれるそれに近い。


「卑怯者ぉ、正々堂々戦えって、いたああ」


 泣き言を叫ぶゴミ箱だが、生憎スズカはいわゆる卑怯な手を使ってはいない。時に間合いを詰め、或いは打たせたものを少ない動きで避けながら、的確に軸足に蹴りを叩き込むばかりだ。塩試合等と思ってはみたが、相手に触れさせず、舞うように体を動かしながら戦う力を削ぐ姿は、間近で見るとうつくしくすら感じる。


「いい加減にしろぉぉぉ」


 焦れに焦れたゴミ箱がより強く、より大きな一撃を繰り出そうと、大振りに体を動かした瞬間。


「はっ」


 今まで軸足だけを狙っていたスズカの足がゴミ箱の人体で言えば脇腹にあたる位置を強烈に蹴りつけた。彼女の力、魔法による強化、それにゴミ箱の勢いが加わった、致命的とも言える一撃で、ゴミ箱は大きく転がった。


「ぐぎゃあああ」


 濁った悲鳴に続いて落下の衝撃音が周囲に響き渡る。硬い物同士が激しくぶつかり合う耳障りな音を前に咄嗟に耳を塞ぐが、それでも耳が痛いほどだ。


「ころしたの?」


 あまりに強い音がしたので、つい聞いてみると、スズカはぎょっとした表情で目を丸くして勢いよく首を振った。そんな事は考えてすらいなかったとでも言いたいような仕草をみると申し訳ない気持ちになってくる。


「とんでもない。そんな事しませんよ」


 言う声は見事に裏返っている。異種族との戦いは命のやり取りに直結する私の世界とは命の重さが異なるのだろうというくらいの勢いだ。それほどとんでもない事を言ったつもりもないが、やはり価値観のすり合わせには慎重にならないといけない。


「それより、あの2人は」

「争いになりそうだから避難してもらっているわ」


 あっち、と指をさすと、物陰から私達のやり取りを見ていたらしい姿がある。


「無事みたいですね。良かった」


 どうやらこちらの扱いはそうこの世界のやり方と外れた物でも無かった様子。

 ひとまず状況は落ち着いたが、蹴飛ばされたゴミ箱が気にかかる。目を向けると、多少の哀愁を感じさせる雰囲気を持って転がっていたゴミ箱だったが、飛んでいた意識を取り戻した様子で体を起こし、ぷるぷると身を震わせ、怯えたような調子で私達の方を見た。


「お、覚えてろよぉぉ、お前たちの顔覚えたからなああ」


 等と、捨て台詞を残してゴミ箱はどこへとも無く走っていき、私はその背中を見送る事しかできないでいた。






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