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4.峻と冬絹

第5話

「うおお! 一気に開けた場所に出たなあ!」


 しゅんは、子供のように鼻先をバスの窓にくっつけ、喰い入るように外の風景を見ている。


「一面の田んぼだね~」


 冬絹ふゆきが答えた通り、道の両脇には青々とした夏の稲が、絨毯を敷いたように生え揃っていた。


 二人ともTシャツにチノパン・Gパンという全く外見に気を使っていないことが丸わかりの恰好だ。


「おっ! あれ見ろよ! なんだあれ?」


「ああ……」


 峻が指差したほうを見遣ると、確かに盆地を囲む周囲の山の頂きの一角に、異様な建造物の建っているエリアがある。


「でけー風車ふうしゃ! あれ下の山の二分の一……は言い過ぎか。三分の一くらいあるぞ」


「あ、ああ、あれ風力発電のやつだね。似たようなの見たことあるよ」


「風力発電ね~。へぇ~、なんか未来感ある景色だなぁ~」


 峻の視線は、顔を窓に押しつけたまま、遠方の風車を追った。


「どう?」

「何が?」

「あれで一句」


 冬絹が言うと、峻は露骨に不機嫌になる。


「なんだよその顔~。もう斧馬に入ったんだから、始めなきゃダメでしょ。初めの句があれってのもいいんじゃない?」


「う~ん。まあそうかもな……。よし、出来た」


 嫌がっていたわりに、峻の作句はそれほど時間がかからなかった。


「〝夏空に 羽根冴ゆるなり かざぐるま〟どう?」


「かざぐるま……うーん。あれかざぐるまって感じじゃないなぁ……大きいし」


「その辺はお前の文章でカバーしろよ」


「いやまあ、してもいいんだけど、僕が言ってるのは句としてちょっと……って話で」


「いやだからさ、風力発電っていう未来感のある題材を、子供の玩具のイメージに落とし込むことによって……」


「あっ、ダメだ。それ以前の問題だよ」


 冬絹はスマホを弄りながら、呟く。


「以前ってなんだよ」


「〝冴ゆる〟って冬の季語だってさ。〝寒さが極まった感じ〟らしいよ」


「うわ~マジかよ~めんどくせ~」


 峻は、座席の背凭れに身体をあずけ、大きく伸びをした。


「じゃあどうっすっかなあ……。かざぐるまはかざぐるまで良いとして……」


「こだわるね」


 冬絹は軽く笑った後、足元のバッグからガサガサとパンフレットの類を取り出した。


「なにそれ?」


「斧馬とその周辺に関するパンフレット。松山で降りた時に駅にあったから持ってきてたの」


「俺にも見せて」


「君はこんなの見なくても、斧馬のこと知ってるでしょ? 推敲してなよ」


「いや、知らないよ。ここ来たの今回が初めてだもん」


 冬絹は峻の返答を聞き、眼を丸くする。


「え、だって、僕たち君の親戚の旅館に格安で泊めてもらうんでしょ? 斧馬の人じゃないの? その人」


「斧馬の人だよ。斧馬で旅館やってんだから。ただ、会ったことはあるけど、ここ来るのは初めて、って話」


「親しく家族ぐるみでお付き合いしてるとかでは……?」


「仲悪くはないよ。まぁウチ親戚多いから」


「よく泊めてくれるって話になったねえ」


 一応料金は払うことになっているが、二人が払う値段は、相場からいえばほとんどタダのようなものだった。


「まぁ運が良かったよな。これでなんとかカッコもつくだろ。こんな遠いとこまで来たんだから」


「そういうのちゃんと加味してくれたらいいけど」


 この二人の学生は、ある大学の文芸部一年生なのだが、初学期を過ぎてもあまり部に馴染んでいるとは言い難く、このままでは退部してもらう、と上級生に脅されたのである。


 二人は特別に〝文芸部に相応しい文芸作品〟を夏休みの間に執筆し、二学期アタマに提出するように、と課題を出されたのだ。


 不合格なら当然退部ということになる。


「学校の外でも、句会みたいなのやってる集まりってあるじゃない。退部になっても君はそういうとこいけばいいじゃん」


「ああいうとこって意識たけえからなあ……なんか苦手なんだよなぁ……。文芸部の端っことかで細々一人でやってんのが一番性にあってんだけど」


「僕も考えてみたら別に一人でやってたっていいんだけどねぇ」


 冬絹は、物憂げにため息をついた。


「部に入ってると、少なくとも部の人は見てくれるし、感想もくれるからな~」


「感想強制だからな」


 週一の批評会では、部員は皆提出された作品を読み批評なり、感想なりとにかく何か言うことが義務づけられている。


「なあ、俺文芸部とか入るの初めてなんだけど、どこもあんな感じなのかな?」


「さぁ……。僕、高校まで色んな部入ってたけど、だいたい文化系だったからなあ。あんまり身体動かさない感じの」


「文芸部は入ってなかったの?」


「入ってたけど、あんな体育会系の文芸部じゃなかったから……なんか新鮮だよ」


「あの部長、すぐシバきやがるしな。文芸部であんな痛い思いすると思わなかったぜ」


「なんかこう……思ってたのと違うよね」

「うん……」


 二人の面差しに暗い影が漂い始めた。


「とりあえずなんか美味いもん食おう。折角きたんだから。あんまり先のこと考えると絶望するからな」


「う、うん。そうだね。あ、これなんかいいんじゃない?」 


 峻と冬絹は、無理に声を張って元気を演出する。


「おお、ご当地ラーメンってやつか」


 冬絹の持っているパンフレットに、デカデカとラーメンの写真が大写しになっていた。


「なんか具沢山のラーメンだね。五目ラーメンみたいな感じなのかな」


「よくわかんないな。なんて書いてあんの?」


「特に料理的な説明は書いてないけど……名前は〝令和ラーメン〟だって」


「あ、あんまり食欲をそそられない名前だな」

「まあ……」 


 冬絹も苦笑いで曖昧に答えた。


「いや、うん。食ってみるまではわかんねえからな」


「そうそう。旅館に落ち着いたらまず、これを食べてみようよ」


「……ネットには全然評価ねえな」


 峻はスマホの画面を触りながらぼやく。


「まあまあ! できたばっかりなんだよ、このラーメン!」


 悩める若者二人を乗せ、バスは乗客を入れ替えながら粛々と夏空の下を進んでいく。


 もうすぐ、バスは峻と冬絹の降りる営業所に着こうとしていた。

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