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7.令和

第12話

「……うめえな、これ」

「うん」


 峻と冬絹は、斧馬の道の駅で念願の〝令和ラーメン〟を食べていた。


 峻は可能なら個人の店のようなところで食べたかったのだが、そういう店は遠かったり、ごちゃごちゃしたところにあってわかりにくかったりで、結局手軽に行ける道の駅になったのである。


「正直、味には全然期待してなかったんだけど」

「僕もだよ~」


 二人はほぼ冷やかし気分で、話のタネにするために食べに来たのだ。


「なんかこう……汁がうめえな。出汁っつうのかな」

「独特のスープだね~」


「おお、わかる?」


 厨房の中から年配の料理人が声をかけてくる。


「海のもんと山のもんが両方入っとるけんなあ。ええ出汁になるんよ」


「海って……この辺、海無いですよね?」


「いや、海近いで。一つ山越したら浜よ」


「へえ……」


 見渡す限り田んぼと山しかないので、冬絹にはピンとこなかった。


「ああ、あの風車が建ってる山」


 峻が思い出したように言うと、料理人は〝そうそう〟と相好を崩す。


「あれ越えたら浜に出る」


 食堂には二人の他に客はいなかった。新しく入ってくる様子もないことを確認し、料理人の男は調理場から出てくる。


「なあ、それうまいやろ?」


「え、ええ」

「おいしいですよ」


「でもなかなか売れんのよなあ……なんでやと思う? 兄ちゃんら」


 暇なのでとにかく何でもいいから喋りたいのかと二人は一瞬思ったが、男は真剣な様子であった。


「いや、名前ですよ」


 峻は即答する。


「名前……! 名前かあ……ちょうど年号が変わった時に開発したし、めでたい感じでええかと思うたんやがなあ……」


「みんなそう思うんですよ。だからこう……ここ独自の感じってないじゃないですか。この地方ならでは、みたいな」


「わざわざ遠くに旅行に来て〝令和ラーメン〟って名前の料理食べようと思わないよね。普通」


 冬絹は完全に自分たちのことを棚に上げていた。


「そうかあ……独自性……」


「旅行に行った時って、その地方独特の料理を食べる、っていう楽しみもあるじゃないですか」


「〝令和ラーメン〟って名前メニューで見たら、なんか高速道路のサービスエリアでカレーを食べる、みたいな味気無い感じになっちゃいますよ~」


 ううん、と唸りながら、料理人の男は真面目に二人の意見を聞いている。


「いや、うん参考んなったわ。ありがとう。今度市長に言うてみるかな……」


「えっ? おじさん役所の人かなんかなんですか?」


「いや。ただ、わし地域おこしの料理メニュー考えるメンバーやけん」


「あっ、そういう集まりで考えてるんですね」


「ああ、でもこういう麺料理は昔からこの辺にあるのはあるんやで。ただそれをもうちょっとアレンジした感じ。豚肉をイノシシ牧場の猪肉に変えたりとか……」


「なるほど。道理で野趣溢れる風情が」


「ちなみに、名前はどういう風に決まったんですか?」


「わしが提案して。満場一致で」


 二人は思わず顔を見合わせた。さっきわりと遠慮なく言ってしまったので気にしているのだ。


「ああいやいや、気にせんと……。そういや兄ちゃんらって。どこに泊まるの? 日帰り?」


 かえって向こうが気を使い、話題を変えてくれた。


「いえ、松良っていう旅館に泊めてもらってるんですけど……」


「ほーお、松良屋まつらやかあ」


 料理人の男は、素っ頓狂な声を上げる。


「ええとこに泊っとるな。兄ちゃんら金持ちなの?」


「違うんですよ。たまたま僕の親戚がやってる旅館なんで、格安で泊めてもらってるんです」


「格安じゃなかったらあんな高そうなところ無理ですよ~。何日かこっちにいるつもりなので」


 二人は、初めて松良屋の門の前に立った時、〝当宿に宿泊された著名人〟が記された大きい看板を見て気後れしていたところを、宿の人間に招き入れられた、という経緯がある。


「何日か斧馬におるの? へぇー。ほらもの好きな」


 男は、地域おこしのメンバーとは思えない発言をした。


「なんか用事でもあるんかな?」


「ええまぁ……ちょっと野暮用で。しばらくこの辺を見て回ろうと思ってるんです」


「取りあえずちょっとこの辺うろうろして、月曜日にかささぎ峠ってとこに行ってみようと思ってるんですよ~」


「えっ? なんて?」


「かささぎ峠ですよ。なんか頂上に古墳があるんですよね?」


 冬絹は、市の公式ホームページのかささぎ峠古墳の紹介欄を料理人に見せる。


 眉間に皺を寄せながらスマホの画面を覗きこんだ男は〝あー……あ~……〟と頼りない声を上げた。


「いやこれ……大学の先生が電波探査で調べて、多分これは古墳やろう、ゆう話になっただけで……まだようわからんやつやで。整備もなんもしとらんし」


「あ~、整備とかは別にしてなくてもいいんですよ~」


「うん。いにしえの雰囲気っていうか、寂寞とした古人の俤を偲びたいんです。吟行も兼ねていますので」


「ぎんこう? ああなんや、兄ちゃん俳句やるんか」


 男は二人の言を聞き、何か考えているようである。


「俳句なあ……まぁそんならあっこ行ってもええかもしれんな。上まで行ったら向こう側の海も見えるし、斧馬盆地も見えて綺麗かもしらん……よっしゃ」


 何事か、料理人の男は決意したようだ。


「月曜日ゆうたら、うん。明後日やな。よし、その日峠の麓までわしが車で連れてってやろうわい」


「ええっ?」


「い、いや結構ですよ。お気持ちはありがたいですが」


「いや、かんまんかんまん。どうせ月曜はわし休みやしな。暇やけん」


「でも……」


「言うとくけどあんなとこ、土地の人間やないと行けるとこやないで。別に看板なり案内板なり立っとるわけでもなし」


「で、でも市の公式ページの観光案内に載ってますけど……」


「どうせあんなとこ行くやつおらんと思うたんやろ。取りあえず山道が始まる麓まで連れていくわい。多分迷わんかったら、三十分くらいで頂上まで着くやろ。兄ちゃんら若いしな」


「ええーと、いやしかし」 


「わし、あの近くの知り合いの家で兄ちゃんら帰ってくるまで暇潰しよるけん。終わったら連絡ちょうだいや。あ、じゃあ今の内に連絡先交換しとくか」


 峻と冬絹がまごまごしている内に、料理人の男はどんどん話を進めていく。


「……では、ご厚意に甘えさせていただきます……」


「おう。じゃあ、松良屋やな? 月曜日、午前の内には迎えにいっちゃるけんな。来んかったら電話してくれ。忘れとるかもしれんけん」


 あれよあれよという内に話がまとまってしまう。


 峻は

『旅先での親切な土地の人とのふれあい……うん、アリだな』

などと、のん気なことを考えていた。

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