「あの、本当に事件とかそういうのはなくって……ここが空き家になってから、その、変な人影や光の目撃情報とか妙な音を聞いたとかの噂が絶えなくて……本当に不審な死亡事故とかそういうの全然無いですから」
「西城寺家ってのが無くなった時に、なんかあったんじゃないの? 骨肉の争いとか?」
「ありませんよ! 今も普通に縁者の方々、幸せに暮らしてらっしゃいますから!」
後で一応調べてみるつもりではいるが、嘘は言ってなさそうだ、と乙女は思った。
「じゃあ、ま、それはいっか……。そんでさあ、動画なんだけど、幽霊がもしいるんなら映ってたら面白いと思わない?」
「変なこと考えてませんよね?」
「変なことっつーか、夜あたしが寝てる時もカメラ回してたら変なもん映ったりしないかなーって」
「う、映ってたらどうするんですか?」
萩森は生唾を飲み込んだ。
「そりゃもちろん配信サイトにUPするけど……」
「ダメに決まってるじゃないですか!」
「ええ~?」
乙女は段々この会話に興が乗ってきた。モップを動かす手を止め、柄に凭れかかる。
「ガチでなんか映ってたら面白いと思うけどな~。絶対注目集まるぜ? 心霊スポット行く動画とかでも基本なんにも起こらないし映らないんだからさ」
「南二名市はそういう注目のされ方は求めてないんですよ! 明るく健康的な文化の里なんです!」
「明るく健康的な文化と心霊の里……」
「勘弁してくださいよ~! 待宵屋敷が幽霊屋敷だって黙ってたことは謝りますから……。その、僕が市を代表して謝ります。本当に申し訳ございませんでした」
「あ、いや、別にそこはそんな怒ってないよ。こんなのアイドル稼業やってたらしょっちゅうだから。メジャーは知らないけど」
げっそりしている萩森に向かって、乙女は爽やかに語りかけた。
「契約がおかしいとか約束と違うとかで、揉めるの慣れてるからさ。こんなのまだ可愛いほうだよ。大丈夫大丈夫」
「は、はあ。アイドルって大変なんですね……」
ほこりっぽい床に、座り込みそうになっていた萩森の瞳に僅かに光が宿る。
「あの……撮影した動画、UPする前に一応見せてくださいね? アップロードされた後も確認するつもりではいるんですけど……」
「わかってるわかってる。勝手に上げちゃったりしないって~」
いつもの乙女のすがすがしい笑顔も、今の萩森には少し不吉なものに見えるのだった。