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10.もう一人の隊員

第17話

 萩森も手伝ってのことであるが、待宵屋敷の修繕は初めてにしては上手くいっていた。乙女も上機嫌で鼻歌をうたっている。


 玄関ホールの床にニスを塗っていた時、萩森は思い出したように乙女に一つの提案をした。


「えっ? 仲間?」


 一瞬、乙女は萩森の言っていることの意味が掴めなかった。


「ええ。武音さんとほぼ同時期に、斧馬に来た〝地方振興おたすけし隊〟の方がいらっしゃるんですよ」


 思い出そうとして、乙女の手がしばし止まる。


「あー、あああー。そういえばそんなこと聞いたような気がすんなあ……。でもその人歓迎会の時いなかったよね?」


 着任してすぐに、乙女は斧馬の主だった人々に歓迎会を開いてもらったのだが、その人物を紹介してもらった記憶がない。


「ええ、まあなんというか、お誘いしたみたいなんですが断られまして。強制ではないので……」


「マジか。そんなんで大丈夫なの?」


「一応日々の仕事は問題なくこなしてもらってるんですが、このままだとなんにもないまま任期終わっちゃいそうなんで、僕から見てもちょっとマズいな、と思うんですよね。関係者の話もあんまり聞いてくれないみたいだし」


 町おこしをするにしても、他のことに協力するにしても地域との連携はかかせないので、おたすけし隊の隊員にとって地元の人間との交流は避けては通れないのである。


 ここまではっきり他人を拒絶していて、やっていけるのだろうか、と乙女は少し気になった。


「そこで、こう……同じおたすけし隊の仲間として、一回話してみてくれませんか? 武音さんとしても隊員同士のつながりが深まったほうがやりやすいこともあるでしょうし……」


「あたしは別に現状困ってねーからなー」


 乙女は割合気後れしないほうなので、斧馬の人々とのコミュニケーションは概ね良好である。


「そ、そう言わずにお願いしますよ~。隊員同士しかわからない悩みとかあるかもしれませんので……」


 萩森は乙女に向かって、やや大袈裟に頭を下げた。


 その拍子に、背後の壁にかかっていた大きな絵がガタガタと揺れる。額縁に肩が当たったようだ。


「危ねえ!」


 乙女は声を上げると同時に萩森に駆け寄る。萩森はまだ後ろの絵が外れようとしていることに気付いておらず、きょとんとしていた。


 こちらに倒れてくる前に、なんとか乙女は絵の近くに移動することに成功する。


 ほとんど無意識の内に、絵の端っこを掴みもう一方の手も支えるように前に突き出した。


 バキン、と何か鈍い音がする。


 大きいといってもそこまで重量は無いだろうと思い、こういう姿勢を取ったのだが……。


「た、た、武音さん……!」


 萩森は尻もちをついて、眼を丸くしている。


「おっ、大丈夫?」

「ぼ、僕は大丈夫なんですが……」 


 乙女は、萩森の様子を見てケガでもしているのかと思い、さっと自分の身体を点検してみたが、なんともなっていないようだった。


「? どうしたの?」


「それ……」


 萩森は本当に恐る恐るといった様子で、何かを指差している。


 指の先を追ってみて、乙女も萩森が何に驚いているか理解した。



 乙女は右手で倒れてくる絵を支え、左手でその端を掴む格好になっていたのだが、左手が額縁を握り潰していたのである。潰れた部分は原型がほぼ残っていなかった。



「ち、力がお強いんですね」


「あ、ああ、いや、まあうん。どうなんだろ」


 正直乙女にもどういうことなのかよくわからない。元々同年代の女性の中では力が強いほうではあったのだが……。


 乙女は注意しながら、壁から絵を外し床に下ろした。


 木製で年代物の、ごつい額縁である。


 生々しく乙女の指の跡が、額縁を越えて絵の本体にも喰い込んでいる。


「絵の方も傷ついちゃった。これもう処分したほうがいいかもね。別にこの絵値打ちもんってわけでもないんでしょ?」


「あ、はい。それは大丈夫です」


 返事をしていて、萩森は急に我に返ったらしく、慌てて頭を下げた。


「も、申し訳ございません! 武音さんを危険な目に合わせてしまって……。お怪我はありませんか? その、手とか」


「うん。なんかへーきっぽい」


 乙女は笑顔で、にぎにぎと左手を開閉して見せる。


『木で出来てたし……額縁が腐ってたってことだよね、多分』


 それぐらいしか理由が思い当たらない。


「ありがとうございました。助けていただいて」

「いいっていいって。気にしなくていいよ。大したことしてないから」


 絵を片してから、乙女は軽く返事し作業を再開した。

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