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第18話

 翌日、ちょうど萩森が休みだったので乙女は少し迷った末に、もう一人のおたすけし隊の隊員が居るという〝史談の町の休憩所〟に行ってみることにした。


 あれからさらに萩森に話を聞き、その〝新早あらさき薬子くすこ〟というおたすけし隊隊員の人物像に興味を持った、ということが乙女の決意を促した主な理由の一つである。


 薬子のいるという休憩所は、斧馬町の古い街並みが保存されているという一角にあった。休日ということもあり、ちらほらと観光客がいる。


 短い通りだったが、うだつのある旧家が軒を連ねており、なかなか風情があった。


『酒屋と……あとこれ醤油の匂いか』


 造り酒屋や醤油の醸造所が三、四軒あるようだ。昔はもっと色んな種類の店があったのだろうが、今は観光客用の店舗をのぞけば後は大きな老舗の旅館が、人目を引く建物である。


「おお。なんかすげーな……」


 その旅館〝松良屋〟の前には、この旅館に泊まったことのある有名な文人や政治家の名前を書き連ねた長い看板が掛かっている。


 この地域では名のある旅館なのだろう。


 その旅館を通り過ぎてすぐのところに〝史談の町の休憩所〟があった。


 周りに比べればまだ新しい、木材の香りが漂ってきそうな小ぎれいな建物である。


「ちわーっす」


 鍵はかかっていない。乙女は引き戸を開けて、そのまま中へ入った。中は土間のようになっており、靴を脱ぐ必要はないようである。


 真ん中にテーブルが一つ置かれ、椅子が吸数個並べられている。どうやらここで勝手に休んで良いらしい。


 奥に学習机のような木製の机があり、ノートPCが設置されている。


 果たしてそこに、問題の人物らしい女が座っていた。


 PCの電源は点いているが、女は画面を見ていない。何かの本を読んでいる。


「あのー」


「ああ……休んで貰ってかまいませんので……。お茶はセルフサービスでお願いします。パンフレット・地図類は持って行っていただいても結構です」


 女はゆっくりと、存外に落ち着いた口調でこれだけ言って、再び目線を本の頁に戻した。


『しっかし……愛想がねーな』 


 勧められるまま椅子に座り、乙女は女を観察してみる。


 事前に聞いていた通り、上から下まで黒づくめであった。話に聞いていた〝新早薬子〟で間違いないだろう。


 ……一応この中は冷房が効いていたが、暑くないのだろうか? と心配になる。


『アイドルならこんなの珍しくねーけど』 


 同じ元アイドルなら話が通じやすいかもしれない。それともレイヤーとかパフォーマーとかそういう枠なのだろうか?


 乙女は、首をちょっと倒して女の読んでいる本の表紙を見てみた。


 〝斧馬旧記〟という字が見える。この斧馬の地の歴史が書いてあるものであろうことは乙女にも推察出来た。


『なるほど。まるっきりやる気がないってわけでもないのね』 


 この地域の歴史を学んでいるということは、 地方振興おたすけし隊の仕事に何かしら生かしたいと思ってのことであろう。


 この辺からいってみるか、と乙女はだいたいの目星をつけた。


「なぁ、歴史とか好きなの?」


 乙女が話しかけると、女の顔がぐっ、とこっちを向く。


『お、眼力めぢからあんな』


 乙女の感じた通り、女の目には何か異様な力が籠っていた。


 険があるというわけでもなく、何かの強い意志を感じるのだ。


「あ、わりぃわりぃ。自己紹介しなきゃな。あたし、あんたと同じ時期に地方振興おたすけし隊になった〝武音乙女〟っての。聞いてない?」


 女はああ、と言って本を机に置いた。


「ええ。聞いてるわ。私は〝新早あらさき薬子くすこ〟。よろしく」


 驚いたことに、薬子は言葉の終わりに微笑んでみせる。


「アイドルをやってたんですってね」

「ああ、まあね」


 乙女もお返しにニッと笑った。


「その本、熱心に読んでたね。歴史に興味あんの?」

「ええ、そうね……」 


 薬子は小首を傾げ、少し考えている風だ。


「必要だから……って言いたいところだけど、違うわね。好きだから読んでいたの。趣味のようなもの」


 答えを聞いて、乙女はエヘヘッと愉快そうに相好を崩す。


「いいじゃん。そうやって勉強してれば観光で来た人に何か聞かれても説明出来るしさ。あたしもやったほうがいいかな?」


「どうかしら? まあ折角しばらくここに住むんだし、どういうところか知っていたほうが面白いかもね」


「そうだなー。あたしも休みの日に図書館とか行ってみっかな」 


 乙女はこの空間が段々リラックスした雰囲気になってきたのを感じていた。


「なぁ、お客さんに何か歴史的なこととか聞かれたことある?」

「ん?」


「なんかここって、歴史的な建物とか集まってるエリアじゃん。そういうのに興味ある人が来んのかなーって」


「ああ、そうね。ここは昔の斧馬のメインストリートだったみたいだから、そういう町並になってる。今は寂れちゃってるけど……」


 ふと薬子の表情に陰が差したように感じる。


「うん……特に歴史に関して訊ねられたことはないわ。というか、話しかけられたこと自体ほとんどないけど」


 乙女は、あはは、と軽く流した。


「ねぇ、新早さんから見て斧馬のいいとこっつうか、面白いとこってどんなとこだと思う?」


「面白いって?」


「いや、おたすけし隊をやってく上でさ。なんか参考になるかもしんないから教えてもらえないかなーって。あたし歴史とかの方面弱いから」


 乙女の言葉を聞くと、薬子はしばらく物憂げな視線を宙空に漂わせていたが、


「……あくまでも私基準だから、参考になるかどうかわからないけど、それでいいなら」


と、最終的に応えた。

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