「えーっ!? なんでそんなの許可しちゃったんですかぁ?」
「いやーだってさぁ、そいつらが市の公式ホームページに宿泊施設だって書いてあるっつーからさー、見てみたらホントに書いてあんだもん」
〝す、少し失礼します、確認してみますので〟と言い、萩森は作業の手を止め自分のスマホを取り出した。今日は二人で屋敷の外壁の補修作業をしていたのだ。
「あ、本当だ……。あ……いやいやいや! 〝宿泊施設になる予定です!〟って書いてあるじゃないですか! 予定ですよ予定」
「でもその下に、近日オープン! って赤字で、でっかく書いてあるでしょ?それもう半年くらい前じゃん」
「あ~……う~ん……いや、でも予定は予定ですから……。予定は未定ですよ、うん! 今からでも連絡して断っちゃいましょう!」
「え~? ダメだよそんなの~。斧馬の評判悪くなっちゃうよ? いいじゃんもうオッケー出しちゃったんだからさー。成り行きにまかせようよ」
「ダ、ダメですよ! だいたい考えてみてくださいよ。泊めるって言っても、そういう設備何もないじゃないですか? 食事とか寝るところだって準備出来ないし……」
「そういうの全部説明したんだけどさー、向こうがそれでいいって言うんだよ。メシは適当になんか買ってくるし、夏だから寝具はいらないって。ゴミもちゃんと持って帰るから、って熱心に頼まれてさ。そこまで言われたらなんか可哀そうになるでしょ?」
「あの、その泊まりに来るっていう二人組、学生さんなんですよね?」
「うん。大学生だって。
「その、バックパッカーみたいな感じですかね? 言い方悪いんですけど無銭旅行みたいな……」
「いや、それは違うみたいよ。あの、なんだっけ? 町並保存地区に高そうな旅館あんじゃん。あそこ泊まってるって言ってたけど」
萩森は眉間に皺を寄せ一考し、
「えっ? 松良屋旅館ですか? 学生の分際で?」
と、言った。
乙女は、萩森の言い方が面白かったのか、大口を開けて笑う。
「そうそう、そこ。確かそう言ってた」
確認してみます、と言い、萩森はスマホの画面を弄くり始める。
「あー……こんちは、久しぶり。萩森やけど、うん。おばちゃんおる? ちょっと聞きたいことあるんやけど」
しばらく先方と話しこんでいたが、やがてなにか納得した様子で通話を切った。
「本当に松良屋に泊ってますね……」
「へえ。なんかあそこわりと高そうなのにね」
「ええ。なんでも遠い親戚だそうで。格安で何日か泊めてるらしいです……」
生返事しながら、萩森は何事か考え込んでいる様子である。
「う~ん……松良屋の親戚かぁ……じゃあ許可してもいいのかもなあ……」
明らかに萩森の態度は先程より軟化していた。
「おっ! いいねー!」
「いや! 待ってください! 山名さんに確認してみますので!」
萩森は再び電話をかける。
「そうだ、ホームページのやつも消しとかないと……あ、もしもし」
乙女は気にせず、鼻歌を歌いながら作業していたのだが、
「え? なんですか? え……えっ? なんでそうなるんですか? いや、あ、ちょっと、急にそんなこと言われても……あ、もしもーし!」
萩森の通話は、何やらただならぬ様子が漂っている。
「なんかあったの?」
「はあ……。宿泊のほうはかまわない、ということなんですが……なんか山名さん、こっち来るそうです」
「ええっ!?」
乙女が少し大袈裟に思えるほど驚いているのには理由がある。着任して結構経つのだが、未だ乙女は、直属の上司である
「じゃあ、ついに雅樂ちゃん見れるんだ!」
「はい。役所の仕事終わってから来るそうですけど……。あとなんか僕もここに残っててくれ、って言われて」
「へえー、じゃあはぎもっちゃんも、ここ泊まることんなったりするのかな?」
「は、はぎもっちゃんって……どうなんでしょう? よくわからないです」
萩森は、ほのかに顔を上気させる。
「どうなるんだろう……。残業代とかちゃんと出るのかなあ」
待宵屋敷の外壁は、萩森の独言を無情に跳ね返すばかりだった。