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第27話

「ねえ君たち、今幽霊がどうとかって聞こえたんだけど」


 萩森は敏感に、何やら不穏な空気を感じ取り、峻たちに声をかけた。


「はい。僕たち幽霊を撮影しに来たんです」

「なんか結構有名ですよね~。ここ。松良屋の女将さんにもたくさん待宵屋敷の怪談聞きましたよ~」 


「武音さん!」 


 萩森は血相を変えて乙女のほうに、身体を一回転させた。


「えっ、えっ?」

「ぼ、僕たちちゃんとその事伝えてますよね?」


「ちょっ、ちょっと待っててね」 


 不安そうな峻と冬絹を宥め、萩森は乙女と雅樂の間に割って入った。


「武音さん! 彼ら、幽霊を撮影するとか言ってますけども!」

「うん。宣伝になるからいいかと思って」


 乙女はいともたやすく答える。


「いいわけがないでしょうっ!」


「萩森さん、お客様の前ですので声を荒げるのは遠慮していただけると」 

 雅樂に言われ、萩森は声を落とした。


「何を考えてるんですか? ……撮影って彼ら、動画撮る気ですよ」


 着々と撮影準備している学生たちをチラ見しながら、萩森が言う。


「ちょうどいいじゃん。どうせ動画撮ってYOUTUBEかなんかにUPするんだろうし、ここで親切にしとけば、口コミで良い評判だって広がるよ。……なあ、それ撮った動画どうせネットに上げるんでしょ?」


 乙女に声をかけられた学生たちは、両人ともえもいわれぬ表情を見せた。


「いやあ……そういうのは別に考えてないんですよ~。あくまでも資料的な意味合いで」


「そうそう。僕たちはあくまで文化的な活動としてやってるんで。ただの物見遊山とか動画配信者とは一線を画してるんです」


「えっ? 電話で文芸部の宿題とか言ってなかった? ダメだったらクビになるとかいう。いいじゃん、よくわかんないけど、どうせ動画も撮るんだから、宿題とは別口でネット配信しちまえよ。有名になれるかもしんないぜ」


 乙女が言うと、峻が一歩前に出た。 


「いえ、まあ、あくまでキッカケは部の宿題だったんですが、目的意識自体は常に高く持っていたいというか……。俗に流れたくないんですよね」

「僕たちわりと高尚なんです~」


 乙女は学生二人組を遠慮なしに、ジロジロと上から下まで眺め回した。


「……その、文芸部の宿題なんだから、文章でなんか表現すんだよね? どんな感じのモン書いてんの?」


「あ、見ます~?」


「旅館で夜ヒマだからぼちぼち形にしてるんですよ。僕たちの合作なんですけど。いえ、あくまで下書き段階なんですが……これから推敲を重ねに重ねて……」


 グダグダと言葉を連ねつつ、峻は一冊の大学ノートを荷物から引っ張り出す。


「あ、見せてくれんだ。ありがと」


 軽く礼を言い、乙女はノートを受け取った。


 ノートを縦書きに使い、二人で交互に文章を書いているらしい。


『……我々は何かの予感を胸に、夏草の生い茂る山道をただひたすらに登っていった。あの時のひたむきさ、何かに憑かれたような懸命さは果たして若さゆえである、とのみ言い切れるものであろうか? 私には何か、普段我々の意識出来ない自然の理の外にある力が作用していたと思われるのである。


 やがて峠の頂上に着き、我々は一息ついた。有純氏は句作に夢中になっているが、私は何か言い知れぬ不安を胸に抱えていた。


 ……天気は良く、雲一つ無い。遠くの湾にはのたりうつ静かで平和な海が見える。しかし、私は碧落の空の奥に、輝く波間の影にくらく澱んだ魔性の存在を幻視してしまう……。


 夢か現か定まらぬ、古代の墓の上に、私は確かに見たのだ! 黒衣の僧ならぬ黒衣の女が呪いの言葉を吐きながら不吉に舞う姿を!



 尋め行きて まだ塚見えぬ 夏木立 

 いにしえの 目の降りそそぐかな 夏の斧馬

 雲の峰 闇よ散らすな 言の葉の露               』


「峻君が俳句書いて、僕が間を書いてるんですよ~。紀行文みたいな感じで」


「俳句はまだ推敲中で、これからまだガンガン変わる可能性があるんですが……」


「お前らイカれてんな」


 乙女はざっと一部を読み、断定的に感想を言った。


「ははは。褒め言葉と受け取っておきましょう」


「あ、あの、松尾芭蕉って人の〝奥の細道〟ってあるじゃないですか? 一応ああいうのを目指して作ってるんですけど……」


 遠慮がちに言う冬絹を一瞥し、


「あれは一人で書いてんだろ。一緒に行ったヤツは自分で〝なんとか日記〟みたいなの書いてるって聞いたけど……」 

と、乙女は返す。


「ああ、曾良の随行日記ですね! お詳しいですね!」


「いや。あたしは別に詳しくねーんだ。ダチでそういうの好きなヤツが居て……」


 喋りかけて、乙女は急に息を呑んだ。


「あーっ! 思い出した!」 

「な、なんですか?」


「あたしが斧馬に来た理由! この辺出身のダチがいるんだよ。尾鷹おだか葉子ようこっつうんだけど。あいつが昔なんかやたら、この辺推しててさー。いいとこだって……」


「尾鷹葉子様っ?!」


 突然雅樂が話に割り込んできた。


「尾鷹様って、この辺りのご出身でしたの?!」


「あ、ああ、いや、なんかあの、県庁所在地の松山ってとこらしいよ」


「松山かあ……じゃあちょっとわかんないな……で、尾鷹って誰なんです?」


「ご存じないんですかっ?」


 無造作に質問した萩森に、雅樂は鼻息荒く詰め寄った。


「尾鷹葉子! 日本アイドル界随一の暗号解読者コードブレイカーですわよ!」


「いや、あの、そういうの普通の人は知らないから……」


「し、しかしっ……。このチャンスに少しでも布教を……。SALTは解散しましたが、SNOWはまだ活動中なのですし……!」


「気持ちはありがたいんだけどさ、お客さんもいるし……ね? ちょっと雅樂ちゃん落ち着いて……」


 乙女が引き気味に対応している。なかなか見られない光景だった。


「まあいいや。話トンじゃって悪かったね。……ちょっとこっち来て」


 乙女は、峻と冬絹を引っ張って部屋の隅っこに移動する。



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