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第28話

「な、なんですか?」


「お前ら、撮った動画TikTokでもYOUTUBEでもニコ動でもなんでもいいから、UPして公開しろ」


 乙女は二人の顔を引き寄せ、小声で言った。


「い、いや、ですからそんなことする気はないんですよ」


「だいたいじゃあなんで撮影すんだよ。もし幽霊映ったら面白いだろ? 宝の持ち腐れってやつになるぜ?」


「資料として残しておければ、それでいいんですよ~」


 冬絹が掻き消えそうな声で反論する。


「資料ってなんだよ? 何の資料? 文芸部の宿題か? あんなもんに資料なんかいらないだろ?」


「こ、後学のためっていうか、僕、幽霊とか好きなんで、映像がもし撮れるんなら持っておきたいって気持ちが昔からあって……」

「あの、端的に言うとこいつの趣味です」


 横から峻が口を挟んだ。冬絹は裏切り者め、と言いたそうな目で峻を横目で睨む。


「趣味かよ。趣味なら尚更だろ? 広く公開しろよ。同好の士が見つかるかもしれないしさ。な?」


 無言の二人を掴んでいる手に、乙女はさらなる力を加えた。


「お、お姉さん力強いですね……」


「あそこに二人いるだろ? あれ役所の人なんだ。一人はお前ら泊めるのに反対で、もう一人は賛成なの。あたしはここの管理人でお前らを泊めてやってくれ、ってあの人たちに頼んだんだよ」


「な、何が仰りたいんでしょうか?」


「あたしが反対に回ったら、お前らはここに泊れないんだ」


 峻と冬絹は、同時にゴクリと生唾を飲み込んだ。


「わかりました。じゃあ、何か撮れてたらネットに動画上げます~……」

「この旅行から帰ったらやりますので……」


「ダメだ。斧馬にいる内にやれ。すぐ。出来たら明日あした明後日あさってじゅうがいい」


「横暴すぎますよ!」

「あの……僕たち今パソコンとか持ってないので……」


「スマホがあんだろ」


「い、いや、でも、僕たちのやつはあんまりスペック高くないし……」


「あの、動画上げるなら上げるで編集とかもちゃんとしたいので……。そうなりますとやっぱり最初はパソコンのほうがいいかな、って思うんですよ。登録とかもしないといけないし、初めてでわからないことも多いので、こう、大きい画面ですね……」


「うるせーなあ、もう!」

 乙女は思わず舌打ちした。


「あたしのノートPC貸してやる。明日チャンネル作って動画アップロードして帰れ」


 言い終わりに、乙女は〝あっ〟と声を上げる。


「いや、あの二人がいるからここでやんのはマズいな……よし、明日仕事引けたらあたしがノートPC持って松良屋まで行ってやるよ。お前らまだしばらく松良屋にいるんだろ?」


「い、いえしかし、そこまでしていただくのは気が引けますので……」


「いいって。気にすんな。そうだな……動画のオープニングにあたしも出るよ。あと、お前らの動画にこっちの動画からリンクも貼ってやる。な? 出血大サービスだぞ?」


「ど、動画に出るって……」


「大丈夫なんですか? その、お役所関係の仕事なのにそんな目立っちゃって。よくわかりませんけど……」


「あ、あ~」

 乙女は複雑な顔で頭を掻いた。


「それは大丈夫。あたし目立つのが仕事なんだ」


 ちょっと迷うような素振りを見せ、

「あたしの顔見覚えない? どっかで?」

と学生たちに乙女は訊ねる。


「え? え~どうでしょう?」

「僕たち、待宵屋敷に来るの初めてなので……」


「あたしちょっと前までアイドルやってたんだ。そこそこ有名だったんだぜ。どう? 良く見ると美人だろ?」


「いえ! 初めて見た時からずっとそう思ってましたよ~!」


「僕たち、あ、アイドルには詳しくありませんので、ちょっとわからなかったんですけど、ホント、もう、なんでこんなきれいな人が案内をやってるのかな、と内心ずっと疑問で……」


「なんだ~! 調子いいなお前ら!」


 乙女は上機嫌で二人の背中をバンバン掌で叩いた。


「あ、痛い、痛いです」

「本当に力強いですね~……」


「ああ、わりぃ。まあ、じゃ、そういうことで。いいよな? 頼むぞ」


 乙女から念を押され、峻と冬絹は神妙な顔で頷いた。もう断れる雰囲気ではない、と観念した顔である。


 乙女は、意気揚々と萩森と雅樂のところに戻ってきた。


「いやー、悪かったね。待たせちゃって。大した用事じゃなかったんだけど」


「それはよろしいのですが……わたくしたち、何かすることはございませんの? お客様がいらっしゃるのに……」


 雅樂は心配そうに学生たちをチラ見している。


「あー、うん。大丈夫。色々するみたいだからほっといたほうがいいよ」


「でもトイレの場所くらいは教えてあげといたほうが……」


 萩森もまだ不安そうだ。


「あーそだね。はぎもっちゃんお願い」


「お風呂などは……」


「あ、風呂ね……。おーい! お前ら風呂入るか? あたしが使ってるやつだけど」


 乙女が学生たちに声をかけると、


「いえ! え、遠慮いたします!」

「僕たち、今日は片時もここを離れたくないので!」


 と、妙に緊張した声音で返事が返ってきた。


「そっかー。タイル貼り直したから綺麗になってんだけどな」


 乙女は、残念そうに言い二人に背を向ける。


「そんじゃ、なんかあったら呼んでね。あたしら管理人室にいるから」


 首だけ振り向けてそう言い残し、乙女は雅樂と萩森を連れ自分の生活している部屋に戻って行った。



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