「暗くなってきましたね……」
何となく周囲を窺う様子を見せながら、萩森がぽつりと言葉を吐き出す。日が落ちて、もう待宵屋敷は全き闇に包まれている。
「幽霊がもしいるとすれば、そろそろなのでしょうか」
受けて発言した雅樂は、案外平気そうだ。連日の化け猫で多少慣れているのかもしれない。
「あ、いや、幽霊はもっと夜が更けてから……真夜中に出たほうが盛り上がると思わない? あいつら一晩中起きてるつもりみたいだし」
乙女が言うと、萩森は妙な顔をした。
「そりゃそうかもしれませんけど、幽霊は見物に来た人間の都合なんか考えてくれないでしょう?」
「ええ……あやかしの
雅樂も説得力のある言い方で、萩森に同調する。
乙女は、まあそうだね、と曖昧なことを言い、軽く流した。
「それより武音さん、ちょっとこういうやり方はもう勘弁してくださいよ」
萩森がブスッとした顔で、何やら語り始める。
「彼らが動画撮る気だって知ってたんでしょ? どうして先に言ってくれなかったんですか?」
「ええ~? 別に聞かれなかったしな~」
「聞かれなくても言ってくださいよ、そういうことは! 大事なことじゃないですか。仕事のことで隠し事は抜きにしてくださいよ」
「ええ~? それを言うなら、ここが幽霊屋敷だってのも事前に教えておいて欲しかったな~」
萩森は咽喉の奥から、短く〝うっ〟と声を出した。
「何も知らせずに連れてくるのどうかと思うな~。フェイスブックとかに書いちゃおっかな~」
「そ、それ今言うんですか……」
萩森は苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「まぁ! 萩森さん、伝えてなかったんですの!」
「うわっ、ズルい! それはズルいですよ山名さん!」
「……だ、だってわたくし知りませんでしたし……」
雅樂はぷいっと顔を逸らした。
「そりゃ体調悪くて休んでたから、しょうがないですけど、山名さんが待宵屋敷の件の担当なんですから」
「まぁまぁまぁ、いいじゃんもうすんだことは。ね? 仲良くしよう、仲良く。これからは隠し事はナシってことで! お互いに」
乙女が割って入ると、萩森は不承不承頷き、同意を示す。
「そ、そうですわね。前向きにいきませんと」
雅樂の言葉の後、思いがけず三人の会話が途切れた。不意に訪れた沈黙に耐えかねたように萩森が、
「じゃあ、そろそろ晩御飯の準備します?」
と口を開く。
「ええ。わたくし、ここに来る途中コンビニで色々買ってきましたのでそれで……」
乙女も同意し、皆でいそいそと食事の用意を始めた。
「……あの、僕、どこで寝たらいいですかね?」
「ん?」
車座で缶詰やおにぎりを食している時に、萩森がぽつりと言う。
「いえ、山名さんは良いでしょうけど、僕はここで寝るわけにいかないじゃないですか。どの部屋で寝たらいい、とかあれば武音さんに教えていただきたいな、と……」
「何を言ってるんですの? 萩森さんにはここに居ていただかなくては困ります」
雅樂がピシャリと言った。
「何のために自分がここにいるとお思いですの?」
「な、何のためって……何のためなんですか?」
「ねぇ雅樂ちゃん。そもそもなんではぎもっちゃんここに残したり、雅樂ちゃん自ら荷物持ってここに来たりしたの?」
乙女の言を聞くと、雅樂は眉間に皺を寄せ、難しい顔になる。
「そ、それは、なんと言いますか、その、およばずながらですね……」
しばらくあたふたしていたが、
「あの、簡単に言いますと、乙女様のボディガードですわ」
と、観念して言った。
「ボディガード?」
「……って?」
怪訝な様子の乙女と萩森を見て、雅樂は首を振る。
「乙女様はともかく……萩森さんは無神経すぎますわ」
「ど、どういうことですか?」
雅樂は、心底呆れたと言いたそうに、深くため息をつく。
「まったく、みなまで言わせないでくださいませ。……乙女様は女性ですのよ? しかもとびきり麗しい妙齢の。いくらお客様とはいえ、その、男性二人を一つ屋根の下で一緒にするというのは……」
「ああ、そういう。でも彼らそういう悪い人間には見えませんが」
「結果論ですわ」
「っていうか、僕も男なんですけど……」
「萩森さんは大丈夫です」
きっぱりと、雅樂は言い切った。
「信用されてんじゃん」
ハハハ、とのんきに笑っている乙女を、雅樂はキッと厳しい目で見つめる。
「乙女様。わたくし、乙女様を心の底から信頼しておりますし、あまりのことでなければ、反対もいたしませんが……ご自分のことはもっと大切にしてくださいませ。あまりに不用心と申しますか……」
「ああ、いや、し、心配してくれんのは嬉しいよ。素直に。ホント。ありがとね」
乙女は慌てて笑顔で取り繕った。