「いや、でもね、雅樂ちゃん安心してよ。あたし最近めっちゃ強いんだ」
「それは……乙女様がお強いのは勿論わたくしも存じておりますが、万が一ということがありますので……」
「へえ、武音さんって昔から強かったんですか」
「昔からって……あなた本当に何も知らないんですの?」
雅樂は露骨に顔を顰める。
「それはもう、武音乙女といえば〝ストリート・サムライ〟の時代から武闘派で有名で、暴走機関車・路上の核弾頭、など数々の異名を……」
「えっ?」
「いや、それ違うってば。あの時代で色々噂んなってんのは、大概一姫がやったやつなんだよ。あいつが起こした色々のゴタゴタまであたしがやったことんなっててさあ。こっちはいい迷惑なんだ」
「あの、すいません、話が見えないんですけど……」
会話についていけない萩森が挙手して説明を求めると、雅樂は悲しそうな顔で首を振った。
「あの伝説の〝ストリート・サムライ〟でもこの程度の知名度なんですわね……切ないですわ」
「いや、だいたいみんなテレビに出てるヤツしか知らないんだって、あの、雅樂ちゃんは知っててくれて嬉しいけど……」
ですわね、とため息を相槌を同時にこなし、雅樂は吹っ切ったように前を向く。
「乙女様はアイドルを志望していました。素質は抜きんでていたものの、様々な事務所、運営と仲違いしてしまい、厳しいセルフプロデュースの道を歩み始めます。その時水前寺一姫様と出会い、路上パフォーマンスに活路を見出しデュオユニット〝ストリート・サムライ〟を結成。話題になり深山不器雄プロデュースの大規模アイドルプロジェクト・Saltに勧誘を受けます。その際盟友、一姫様とは仲違いしてしまうのですが……」
「あいつも誘ったんだぜ? でも来なかったんだよ。それなのに後からグダグダ言いやがってさあ」
「そ、その辺りのお話、とても関心があります。後から聞かせてくださいね」
雅樂は慌てて念を押すように言い、話を続けた。
「その後……まあ色々ありまして、Saltは解散し残存メンバーと新規メンバーを加えフェス一回限りの決戦グループ〝AcCord〟を結成。乙女様も引き続き、ここのメンバーとして残りました。一姫様は敵対関係にあるhasに加入。リーダーの一人に選出されます。フェスの戦いではAcCordが勝利を収めhasは解散。AcCordも一夜限りのグループ、との公約を守り解散。しかし、AcCord内の六人は新たなグループ〝SNOW〟として活動継続中。乙女様と一姫様のわだかまりは解け、お二人で色々なさっておいでだったのですが、また仲違い……していたのですが、最近また仲直り、されたのですよね?」
「ああ、うん。そうそう。スゴいね。メチャクチャ詳しいじゃん」
乙女はゴキゲンな様子で口笛を吹いた。
「あの……もしかして雅樂ちゃん昔のあたしのファンだったりする?」
雅樂は途端に赤くなった両頬を手で押さえる。
「いえ、その……わたくしはアイドル全般が好きなのですけれど……乙女様や一姫様は……ストサム時代からずっと注目しておりましたので、その後の動向も自然と……」
「すいません、ちょっと」
萩森が水を差すのもかまわず、口を容れた。
「なんですの?」
「今のお話も大変興味深かったんですが、僕の知りたかったのは〝武闘派〟とか暴走機関車、や路上の核弾頭とかの不穏なワードについてなんですよ」
「? 意味がわかりかねますが」
「ええっと……雰囲気っていうか、イメージでそういうあだ名がついてた、ってだけで、何か、こう、本当にバイオレンスな事件があったりしたわけではないんですよね?」
「暴力行為ですか? 普通にありましたわよ」
「ちょっと! ちょっと待って! お願い!」
動揺を隠せないまま、乙女が止めに入る。
「いやだからね? さっきも言ったけど、なんか一姫のやつが色々起こしたトラブルが、あたしがやったことんなってたりすんだよ! あたしのほうがなんか強面みたいな印象だからさ……」
「でも、わたくし、最初期の地下アイドル時代も、一姫様との路上時代も見ておりますが、乱闘は日常茶飯事ではなかったでしょうか?」
「あ、そ、そんな見てくれてんだ。ありがとね……。う、雅樂ちゃんって現場とか結構行く系なんだね~」
「ちなみに乱闘って、一姫さんって方と武音さんとどちらが主に起こしていたんですか?」
萩森が真面目な顔で身を乗り出した。
「それは……正確な数字は把握しておりませんが、どちらが主になって、とかいう問題でではなく、きっかけになったのは両者ともおそらく同じくらいでしょう」
「はあはあ、なるほど」
「一度乱闘になってしまえば、もう両人とも参戦してしまいますし」
「で、で、でもさでもさ! そういうさ! グチャグチャの乱戦になっちゃうと、細かいとことかよくわかんなくなっちゃうよね? あたしはわりと一姫を止めようとしてたことが多かったんだけど、雅樂ちゃんがそれを戦ってる、って勘違いしてたりとか。ねっ?」
乙女は必死に訴えたが、雅樂は非情に首を横に振る。
「乙女様と一姫様を間違えるなど……ありえませんわ。だいたいファイトスタイルが全く違いますもの。乙女様はパンチや頭突きが得意で、手当たり次第にその辺りの物を凶器にするパワーファイター。一姫様は蹴り技主体の華麗な戦い方で……」
「そ、その言い方ひどいよ! あたしゴリラみたいじゃん! 一姫だけ華麗とか言って!」
「僕が知ってるアイドルと全然違うなあ……」
萩森はまずます難しい顔をして、二人の話に聞き入っている。
「いえいえ萩森さん。乱闘騒ぎだけではございませんのよ? 乙女様は……一姫様も、アイドルとしてのパフォーマンスもそれはそれは素晴らしかったんですから」
雅樂は、当時の思い出を懐かしむように遠い目になった。
「乙女様と一姫様……やはり一番激しかったのはストサム時代ですわね。キラキラしてトガりきっていたあの頃……。凶悪で暴力的なサウンドとパフォーマンスは今でもファンの間で語り草に……」
「アイドルの歌とか踊りとかの話なんですよね?」
「雅樂ちゃん、言葉のチョイスがおかしいんだよ!」
萩森と乙女が疑義を挟むが、雅樂はかまわずうっとりした表情で先を続ける。
「今でも昨日のことのように思い出せますわ。定番の〝Hbフェス・楽屋全滅事件〟や一般マスコミでも取り上げられた〝旅館破壊騒動〟など……」
「ストップ! はい、もうやめもうやめ。この話やめ!」
乙女は背後に回り、雅樂の口を塞いだ。