夜は更けたが、乙女たちの居る部屋は煌々と灯りが灯っている。
結構遅くまで話しこんでいたのだが、今はもう萩森も雅樂も眠りこんでいる。
『雅樂ちゃん、ずっと起きてるって言ってたのにな』
乙女は苦笑しつつ、音を出さぬよう静かに立ちあがった。
乙女が使っている部屋には、玄関ホールを経なくても外に出られる勝手口がついている。
乙女はつっかけを履いて、こっそり外の闇に出た。
「おーい……えー、ミラ? ミラー、ちょっと出てきてくれないー?」
微風が梢を揺らす、快い音が聞こえるだけである。
「おーい、ミラー。ミラちゃんやー」
声が小さすぎたのかと思い、少しだけ声量を上げ言い直したが反応がない。
『建物の外では出てこないのかな……』
「なによ」
「わあ、びっくりした!」
背後から声をかけられ、乙女が降り返るとミラがいた。
「猫みたいに呼ばないで」
相変わらずの美少女ぶりだったが、今は機嫌が悪いらしく、頬をぷっくり膨らませている。
「ああ、いや、それは悪かったよ。ちょっとお願いがあるんだけどさあ。あのー、今この館の中にいる人間で、ちょっと脅かして欲しいのがいるんだ」
「それって、あなたと一緒の部屋にいるやつら?」
険のある調子で、ミラは聞き返してくる。
「いやいやいや! あの人たちはいいの! 同僚だからさ。下手なことしないで」
「ふうん……」
ますます気に入らないようで、ブスッとした表情を隠そうともしない。
『なんだこれ。この様子じゃ無理かな……』
予想外のミラの態度に、少しうろたえたが結局乙女は腹を括る。どうせダメで元々なのだ。
「あの、脅かしてほしいのは玄関ホールにいるヤツらなんだけど。若い男二人」
ミラは黙っているが、一応話は聞いているようだっだ。
「……それで?」
「なんつうのかなあ、脅かすってもガチのやつじゃなくって、楽しませるっていうか、怖い半分・おもしろ半分、みたいなそんな感じでお願いしたいんだ。肝試しみたいなさ。肝試しってわかる?」
ミラはしばらく沈思黙考していたが、やがて顔を上げた。
「いいわよ。やってあげる」
「お! マジで?! ありがとう!」
半ば諦めかけていたので、乙女の喜びもひとしおである。
「そのかわり、今後待宵屋敷の中に誰も入れないで。あなた以外」
「いや、そりゃ無理だよ。萩森さんだって、しょっちゅうここ来てるでしょ? あの男の人」
「ああ、そうね……昼間に来るのは別にいいわ。泊めたりしないで、ってこと」
「泊める……うーん。どうかな」
今度は乙女が考える番だった。
「あの、あたし今ここ住んでるけどさ。ぶっちゃけ、あんまり権限ないんだ。ある程度の意見は出来るんだけど」
ミラは難しい顔をして聞いている。
「ここって今、市の持ち物なんだよ。公共物っていうか。どういえば伝わるかなあ……」
「わかるわ。お役所の物ってことよね? あの、あなたと一緒の部屋にいる二人もお役所の人なんでしょ」
「あ、そうそう! そういうことなんだよ。だからお役所がここを宿泊出来る建物にする、って決めちゃったら、どうしようもないの」
乙女としては、将来的に待宵屋敷を宿泊施設にするのもアリだな、と考えていたのでこういう事を言ったのである。嘘ではない。
ただ、ミラがどうしても嫌がるのであれば、一緒にミラの気が済むように考えてやるつもりではあった。
……のだが、
「……わかった。じゃあ、私とお友達になって」
ミラはあっさりと自らの要望を翻した。
「と、友達……?」
「そう」
一気にグレードが下がったので、聞き間違いかと思い問い返したのだが、合っていたようである。
「うんまあ……いいよ。友達になるくらい」
「ほんと?!」
ミラは目尻を下げ、乙女に顔を近づける。
「いいの? 私のいう〝友達〟って〝本当の友達〟だよ?」
「別にいいよ。本当だろうがなんだろうが」
乙女の答えを聞き、ミラはにんまりと笑った。……いつのまにか宙に浮き、ますます顔が近づいている。もうちょっとで、鼻の頭が触れそうだった。
「じゃああらためて……私はミラ。よろしく」
「あたしは武音乙女。こっちこそよろしくな」
ミラはクスクスと笑いながら、より高いところに行き、距離を取る。
「〝本当の友達〟は、ずーっと一緒の友達、だから。ね?」
念を押すように言うと、掻き消えるようミラは姿を消してしまった。
『あれ? これもしかしてなんかマズいやつかな?』
ふと、乙女は持ち前のカンで不吉な予兆を感じたが、取りあえず今は心の底にしまっておくことにした。