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第33話

 乙女は、再び管理人室(乙女は自室に使っている部屋をこう呼んでいる)を抜き足差し足で通り過ぎ、こっそり玄関ホールに向かった。


『一応確認しとかねーとな……』


 物陰からこっそりと、ホールの様子を窺う。しばらく経って、ミラが階段上に現れる。 


『お……おお! あいつわかってんじゃねーか!』


 ミラは、飛んだり跳ねたりしていたが、飽きてきたのか、次第に回転するような動作も織り交ぜてきた。どうやっているのかよくわからないが、暗い中でも身体は薄っすらと輝き、半透明になっているので人間でないことはわかる。


『こりゃいいや。あいつらも喜んでるだろ……ん?』


 リアクションが無いことに気付き、乙女は学生たちの姿を探した。


『あいつら! 寝てやがる』


 乙女は反射的に、思い切り舌打ちしてしまう。一応スマートフォンを三脚に備え付けてはいるが、ここからでは録画出来ているのかどうか判別出来なかった。


『起きろ! アホ!』


 乙女は部屋に戻って持ってきた空き缶を二人の方へ投げつける。


 毛布をかけているわけでもなく、学生たちは床に転がっているだけなので遮る物は何もない。上手く冬絹の頭に缶がヒットした。


「え~……? なにこれ~?」


 ぼんやりした声を上げ、冬絹がむくりと起き上がる。


「なんか降ってきたよ~」


 どうやら天井から何か落ちてきたと思っているようだ。


「うるせえなあ、もう……」


 峻も冬絹の声を聞いて目を覚ましたが、


「お……おお! おい! 起きろ! あれ見ろあれ!」


 こちらはすぐにミラに気付いた。冬絹のほっぺたをペチペチ叩いている。


「お前が来たいっつったから来てんだぞ! おい!」

「なんだよ~……ああ、ああー!」


 ようやく冬絹もミラに気付いた。


「あ~! 出てる! 出てるじゃない幽霊! よ、幼女の幽霊?」


「幼女言うな」


「なんかあんまり……怖い印象はないね」


 冬絹は右手を眉毛の上にかざし、踊るように跳ねているミラを凝視している。


「それよりお前、ちゃんと録画出来てんのか?」

「あー! ダメだ~! SDカード入れ替えなきゃ!」


 冬絹はガチャガチャした動作でその辺りをまさぐり始めた。


『クッソあいつら、なんでこんな段取りわりぃんだよ!』


 乙女は物陰で歯噛みしている。乙女の考えとしては、ミラの姿を学生たちが録画してくれなくてはこんなことをしている意味が半減してしまうのだ。


『ぼやぼやしてたら、ミラが飽きてやめちまわないか心配だな……』


 気になった乙女は少し考えた末、そっと足跡を忍ばせ階段の見える場所まで移動した。


『お、おお!』


 ミラは興が乗ったのか、激しい動きで踊り場や階段の手すりの上を飛び移っている。


「おお~っ! すごいすごい! カメラにもちゃんと映ってるよ!」


 冬絹が、スマホの画面を確認して興奮した声を出した。


 ミラは、手すり柱についている飾りの、一段高い先端部分に立ち、すっと人差し指を宙空に突き出した。


 次の瞬間、光点が三つ生まれ、蛍のようにホール内を乱舞しはじめる。かなり強い光だ。


 階段の踊り場にある鏡が光を反射し、チカチカと眩く煌めいた。この時斧馬の町から待宵屋敷を見ていたら灯台のように見えたかもしれない。乙女はその様子を見ながら〝ミラのやつ、サービス精神旺盛だな〟と考えていた。


「わ~! 鬼火だ~!」


 はしゃいでいる冬絹の横で、峻は何やら真剣な面持ちで上方を凝視している。乙女は最初、ミラを見ているのかと思ったのだが、そうでもないらしい。ふと気になって、乙女は峻の視線の先を追ってみた。


『んん?』


 すぐに乙女も違和感に気付く。 


『ふうん、あいつただのアホかと思ってたけど、わりとよくもの見てんだな』


 乙女は峻に感心し、管理人室に戻ることにした。


 日が上り早朝、学生たちは萩森と雅樂に挨拶し、待宵屋敷を後にする。


 お役所二人組は眠かったのか、特に何か訊ねてきたりはしなかった。乙女にも挨拶したかったのだが、姿が見えず断念する。萩森や雅樂も不思議がっていた。


「いや~。来てよかったね~」

「うん……まあな」


 ほくほくしている冬絹に比べ、峻は何か考え込んでいる様子である。


「幽霊見られてよかったよ~! 動画も撮れたし、もう最高!」

「あのさ……」


「やあ、君たち!」


 峻は何事か言いかけたのだが、大きな声に掻き消された。


「あ、管理人のお姉さん……!」


 戸惑っている二人に、乙女はズンズンと近づいてくる。坂の途中で待っていたようだ。


「どうかな? 希望のものは見られたかな?」


「ど、どしたんすか?」


 突然の登場と妙な口調のおかげで、峻はすっかり及び腰になっている。


「あ、は、はい。見れたし、動画にも撮れましたよ~」


 冬絹が言うと、乙女は腕組みしウンウンと頷いた。


「そうか……見てしまったか……。小さい女の子の霊だったかい?」


「はい。あの、金髪幼女の……」


 乙女は再び、そうか……と思わせぶりに頷く。


「アレはね、なんつうか、幽霊っちゃ幽霊なんだけど、実は見た人に幸運をもたらす座敷童的な存在の霊だという伝承が、この斧馬に伝わっているんだ」


「マジすか」


「うん。そしてその幸運のパワーは、あの幽霊の話を多くの人に広めれば広めるほど、力がいや増すと言われている……」


「ふ、不幸の手紙みたいですね~」


「いや、そういうネガティブな要素は全くないから、そこは絶対に勘違いしないでくれたまえ」


 二人は、意味がよくわからないながらも〝はあ〟と神妙に首肯する。


「じゃあな。是非女の子の幽霊の話、広めてくれよ。頼んだぞ」


「は、はい」


「じゃあ、動画をアップロードするとか、そういうのはもう無しでいいんですよね?」


「はあ?」


 途端に乙女の顔が険しくなる。


「何言ってんの? んなわけないだろ。昨日約束したじゃん。今日松良屋行くからな。逃げんなよ」


「わかりました……」


 峻と冬絹は項垂れて帰っていく。


 朝の爽やかな空気の中で、乙女は納得してもらえて良かった、と満足して二人の背中を見つめていた。頭の芯に軽い痛みを感じながら。


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