「え? 何? 結局わかんなかったの?」
「わかんなかったっつーかさ、特になんもなかったって言ってた」
乙女が言うと、画面越しの水前寺一姫は眉間に皺を寄せため息をついた。
今日は仕事終わった後、松良屋にPC持って行って色々作業したんだから、こっちも疲れてんだぞ、と乙女は心の中で毒づく。
「なるほど……でも、幽霊は確かにいるんでしょう?」
「まあいるんだけど……。ちょっと最初思ってたのとは違うかも」
「はっきりしないわね」
一姫は苛々している。
「本業の探偵かなんか雇って、本格的に調べてみたら? その、あんたがいる待宵屋敷のこと」
うーん、と唸り、乙女は頭の中で一姫の意見を検討してみる。
「でもなー。SNOWのやつら、結構張り切って調べてくれたんだよなー……さすがに直接斧馬には来てくんなかったけど、少なくとも記録の上では西城寺家でも、待宵屋敷でも怪しい出来事は無いっつってたよ。殺人事件とか」
「SNOWか……」
一姫は不愉快そうに舌打ちした。
「……まあ、あの
『そりゃ、元々SNOWは
と、乙女は心中で独言した。今は組んでいるとはいえ、一姫の性格を考えたらさすがにこの事実を伝えるのは躊躇われる。
「それじゃあ……」
一姫が口を開いた瞬間、乙女のノートPCの電源がプツン、と落ちた。
「?」
見てみると、ノートPCの電源コードが抜けている。乙女がもう一度ケーブルを挿そうと手を伸ばすと、するすると向こうに逃げていった。
「なんだ? ミラか?」
乙女が言うと、すうっと空中にミラの姿が現れる。
「何してんだよも~……。今ちょっと用事があるんだ。悪戯しないで」
ケーブルを奪い取ろうとするが、ミラは迫る乙女の手を避け、身をひるがえした。
「なあ、頼むよ~。後で遊んでやるからさ~」
「ねぇ、今私の話してたんでしょ?」
「ああ、うん。これ遠くのやつと話が出来る機械で……」
「知ってる」
ミラは冷たく言い放つ。
「仲良いみたいね」
「えっ?」
「さっき、その機械越しに話してた人」
「ああ、まあ……ダチだよ」
ふうん、と言ってミラは持っているケーブルを投げ縄のように振り回した。
「友達いっぱいいるのね。昨日来てた二人とも楽しそうにしてたし」
「そうかあ?」
乙女としては素直な気持ちで疑問の声を上げたのだが、ミラはそう受け取らなかったらしく、ブスっとした顔でケーブルをブンブン回している。
「あの二人は市役所の人だよ。仕事で関わってる人だし、邪険にするわけにもいかないでしょ? ……って昨日も言ったじゃん」
ミラは返事をしない。
『なんだこれ? もしかして嫉妬してんのか?』
乙女はミラの様子を見ていて、やっとその可能性に行き当たった。
『どうすりゃいいんだ……? うーん、まあ子供だしな』
少し考えて、
「わかった。今日はもう一姫とは話さねーよ」
と、乙女は言ってみる。
「今日だけ?」
「しょうがないじゃん。用事がある時はさ」
まだ納得いってないミラに、乙女はチラッと視線を向けた。
「なぁ、そんなとこ浮かんでないで、ちょっとこっち来いよ」
「……なによ?」
暫しの逡巡の末、近くに降り立ったミラを乙女は手を取って自分の隣に座らせる。
「なに?」
「いや、もうやることねーから寝ようと思って」
「そ、そう……」
ミラは、途端におとなしくなり、見た目よりももっと幼い、幼児のような仕草で俯いてしまった。
寝床を用意し、
「一緒に寝るか?」
と声をかけると、ミラは素直に従いゴソゴソと寝袋に入ってくる。
『……気になってたこともあるし、ちょうどいいかな』
乙女は、神経を尖らせ全身の感覚を鋭敏にしつつ瞼を閉じた。
『うーん……まさかとは思うんだけどなあ……』
横にいるミラの、ひんやりとした身体を感じながら乙女は考えている。
『どうも最近寝付きが悪いんだよなあ』
不眠症というわけでもないのだが、段々寝る時間が遅くなっている気がするのだ。乙女はだいたい今まで、いつでもどこでも眠れなくて困った、という体験はない。枕が変わったから眠れない、というような神経の持ち主ではなかった。
『考えすぎだったらいいんだけど……』
あれこれ思索に耽っていた乙女が、さすがに少しうとうとし始めた頃、脇腹の辺りに何か違和感を感じる。
『おっ』
ミラが指でつついているらしい。続けてミラが〝ねえ〟と呼びかける声が聞こえる。
無視して寝たふりをしていると、腰の辺りにあったミラの身体が、もぞもぞと頭の方に上がってきた。
『マジか……』
ざわつく胸の動悸を、懸命に抑制しながら乙女は寝たフリを続ける。
やがて、ミラの吐息を肌に感じるようになった。
きた、と思った次の瞬間、キュッと何かがノドの肉に喰い込んだのを感じる。
乙女は跳ね起きて、首に齧りついているミラをひっぺがした。
「てめえ! やっぱりそうか!」
首根っ子を掴まれたミラは、きゃっ、と一声上げて子猫のように手足をバタバタさせている。
「幽霊だなんてウソつきやがって! お前吸血鬼だろ!」
「は、放してよ!」
ミラは暴れて、乙女の顎を正確に素足で蹴り上げた。乙女の頭は素っ飛びそうになるくらいの勢いで後方に曲がる。反動で手を放してしまい、ミラは急いで空中へと退避した。
「痛ってえ……」
「嘘なんてついてない!」
「ああ?」
乙女は顎をさすりながら、問い返す。
「私自分のこと幽霊だなんて言ってないもん! そっちが勝手に勘違いしたんでしょ!」
『そういやそうだったかな……』
言われてみれば、最初から様々な現象も幽霊だと決めつけていた気がする。
「でもそっちも、吸血鬼だって言わなかっただろ」
「な、なんでそんなこと言わなきゃいけないの?! 聞かれてもないのに!」
ミラは甲高いキンキン声で、がなりたてた。