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16.激突

第34話

「え? 何? 結局わかんなかったの?」


「わかんなかったっつーかさ、特になんもなかったって言ってた」


 乙女が言うと、画面越しの水前寺一姫は眉間に皺を寄せため息をついた。


 今日は仕事終わった後、松良屋にPC持って行って色々作業したんだから、こっちも疲れてんだぞ、と乙女は心の中で毒づく。


「なるほど……でも、幽霊は確かにいるんでしょう?」


「まあいるんだけど……。ちょっと最初思ってたのとは違うかも」


「はっきりしないわね」


 一姫は苛々している。


「本業の探偵かなんか雇って、本格的に調べてみたら? その、あんたがいる待宵屋敷のこと」


 うーん、と唸り、乙女は頭の中で一姫の意見を検討してみる。


「でもなー。SNOWのやつら、結構張り切って調べてくれたんだよなー……さすがに直接斧馬には来てくんなかったけど、少なくとも記録の上では西城寺家でも、待宵屋敷でも怪しい出来事は無いっつってたよ。殺人事件とか」


「SNOWか……」


 一姫は不愉快そうに舌打ちした。


「……まあ、あの達なんか変に調査能力が高いって言われてるもんね。業界内ではただの中堅アイドルなのに。普通の探偵とかじゃ、これ以上調べても何も出てこないか……」


『そりゃ、元々SNOWはひのと十子とおこが、それだけのためにAcCord内に作ったチームだからな』


 と、乙女は心中で独言した。今は組んでいるとはいえ、一姫の性格を考えたらさすがにこの事実を伝えるのは躊躇われる。


「それじゃあ……」


 一姫が口を開いた瞬間、乙女のノートPCの電源がプツン、と落ちた。


「?」


 見てみると、ノートPCの電源コードが抜けている。乙女がもう一度ケーブルを挿そうと手を伸ばすと、するすると向こうに逃げていった。


「なんだ? ミラか?」


 乙女が言うと、すうっと空中にミラの姿が現れる。 


「何してんだよも~……。今ちょっと用事があるんだ。悪戯しないで」


 ケーブルを奪い取ろうとするが、ミラは迫る乙女の手を避け、身をひるがえした。


「なあ、頼むよ~。後で遊んでやるからさ~」

「ねぇ、今私の話してたんでしょ?」

「ああ、うん。これ遠くのやつと話が出来る機械で……」

「知ってる」


 ミラは冷たく言い放つ。


「仲良いみたいね」

「えっ?」

「さっき、その機械越しに話してた人」

「ああ、まあ……ダチだよ」


 ふうん、と言ってミラは持っているケーブルを投げ縄のように振り回した。


「友達いっぱいいるのね。昨日来てた二人とも楽しそうにしてたし」

「そうかあ?」


 乙女としては素直な気持ちで疑問の声を上げたのだが、ミラはそう受け取らなかったらしく、ブスっとした顔でケーブルをブンブン回している。


「あの二人は市役所の人だよ。仕事で関わってる人だし、邪険にするわけにもいかないでしょ? ……って昨日も言ったじゃん」


 ミラは返事をしない。


『なんだこれ? もしかして嫉妬してんのか?』


 乙女はミラの様子を見ていて、やっとその可能性に行き当たった。 


『どうすりゃいいんだ……? うーん、まあ子供だしな』


 少し考えて、

「わかった。今日はもう一姫とは話さねーよ」

と、乙女は言ってみる。


「今日だけ?」

「しょうがないじゃん。用事がある時はさ」


 まだ納得いってないミラに、乙女はチラッと視線を向けた。


「なぁ、そんなとこ浮かんでないで、ちょっとこっち来いよ」

「……なによ?」


 暫しの逡巡の末、近くに降り立ったミラを乙女は手を取って自分の隣に座らせる。


「なに?」

「いや、もうやることねーから寝ようと思って」

「そ、そう……」


 ミラは、途端におとなしくなり、見た目よりももっと幼い、幼児のような仕草で俯いてしまった。 


 寝床を用意し、

「一緒に寝るか?」

と声をかけると、ミラは素直に従いゴソゴソと寝袋に入ってくる。


『……気になってたこともあるし、ちょうどいいかな』


 乙女は、神経を尖らせ全身の感覚を鋭敏にしつつ瞼を閉じた。


『うーん……まさかとは思うんだけどなあ……』


 横にいるミラの、ひんやりとした身体を感じながら乙女は考えている。


『どうも最近寝付きが悪いんだよなあ』 


 不眠症というわけでもないのだが、段々寝る時間が遅くなっている気がするのだ。乙女はだいたい今まで、いつでもどこでも眠れなくて困った、という体験はない。枕が変わったから眠れない、というような神経の持ち主ではなかった。


『考えすぎだったらいいんだけど……』


 あれこれ思索に耽っていた乙女が、さすがに少しうとうとし始めた頃、脇腹の辺りに何か違和感を感じる。


『おっ』


 ミラが指でつついているらしい。続けてミラが〝ねえ〟と呼びかける声が聞こえる。


 無視して寝たふりをしていると、腰の辺りにあったミラの身体が、もぞもぞと頭の方に上がってきた。


『マジか……』


 ざわつく胸の動悸を、懸命に抑制しながら乙女は寝たフリを続ける。


 やがて、ミラの吐息を肌に感じるようになった。


 きた、と思った次の瞬間、キュッと何かがノドの肉に喰い込んだのを感じる。


 乙女は跳ね起きて、首に齧りついているミラをひっぺがした。


「てめえ! やっぱりそうか!」


 首根っ子を掴まれたミラは、きゃっ、と一声上げて子猫のように手足をバタバタさせている。


「幽霊だなんてウソつきやがって! お前吸血鬼だろ!」


「は、放してよ!」


 ミラは暴れて、乙女の顎を正確に素足で蹴り上げた。乙女の頭は素っ飛びそうになるくらいの勢いで後方に曲がる。反動で手を放してしまい、ミラは急いで空中へと退避した。


「痛ってえ……」

「嘘なんてついてない!」

「ああ?」


 乙女は顎をさすりながら、問い返す。


「私自分のこと幽霊だなんて言ってないもん! そっちが勝手に勘違いしたんでしょ!」


『そういやそうだったかな……』


 言われてみれば、最初から様々な現象も幽霊だと決めつけていた気がする。


「でもそっちも、吸血鬼だって言わなかっただろ」


「な、なんでそんなこと言わなきゃいけないの?! 聞かれてもないのに!」


 ミラは甲高いキンキン声で、がなりたてた。



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