目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第35話

「いやあ、まあ、そりゃ別に言わなくても、かまわねーけどよぉ」


 乙女の声質が心なしか低くなる。


「黙ってあたしの血ィ吸っちゃう、ってぇのは、違うんじゃあねーの?」


「っ……べっ、べっ、別にいいでしょ。少し血を貰うくらい……。そんな……ケチケチしなくたって……」 


「お前が血ィ吸っても、あたしにはなんの影響もないわけ?」


「た、たいしたことないわ。ちょっと吸血鬼っぽくなって……。ちょっと私の眷属になるだけだもん……」


「ふざけんな!」


 乙女が怒鳴ると、ミラはビクッと身を竦めた。


「なんか最近あたしの身体おかしくなってんだよ! 力めっちゃ強くなってるし、明るい間は調子悪いし。不便だろ!」


「力強くなるのは別にいいじゃない。身体も丈夫になってるわよ」


「朝とか昼とかどうすんだよ? 普通の社会生活送れなくなっちゃうだろ! 夜間の仕事しか出来なくなったら、どうしてくれんだよ」


 ミラはブスっとして視線をズラす。


「それは……まあ、そこまでなるにはもっと時間かかるから……。すぐにそうはならないわ」


「このままお前に血吸わせてたら、いずれはそうなるんだろ!」

「うるさい!」


 ミラは感情が決壊したような大声を出した。


「なにさ! 細かいことグチグチ言って!」

「こ、細かくはないだろ」

「私とお友達になってくれるっ、て言ったでしょ、オトメ!」


 乙女の表情はますます困惑の度を深める。


「いや、ダチにはなるよ。そこは否定してねーだろ」


「だって人間のままだったら、いつか歳取って死んじゃうじゃない!」


 ミラの声のトーンが一際高くなった。


「そんなの私認めない! 本当の友達はずーっと一緒なんだから!」


 気付くと、ミラは大粒の涙をボロボロと零している。


「いや、言いたいことはわかるけどよ……。ずーっと一緒なんて難しいぞ?」


「私は不死なの。私の眷属になれば、オトメもずっと死なないもん!」


 乙女は〝うーん〟とくぐもった声を発し、黙ってしまう。過去の想いの中に沈んでいるようだ。


「あのさ、いくらダチっつっても、ケンカ別れとかもあるし……。死なねーからずっと一緒にいられる、ってのは、あたしは違うと思うぞ」


「そんなの、やってみなきゃわかんないじゃでしょ!」

「気軽に言うなよ、お前」


 乙女は深いため息をついた。



「その……派手にケンカとかしなくてもさ、気持ちがすれ違っちゃったり、行く道が別れちゃったりとか、色々あんだよ。生きてるってのはお前……ただ生きてるだけじゃすまねーんだから」



 乙女としては、精一杯心を込めて話したつもりだったのだが、ミラの纏うオーラは一段とドス黒い殺伐としたものに変化していく。


「……もういい」


「おっ!」


 一瞬わかってくれたか、と思ったのだが。


「これ以上話しても無駄みたい。今! この場所で! オトメを完全に私の眷属にする!」


 乙女の希望は無残に打ち砕かれた。 


「折角優しくしてあげようと思ったのに!」

「いや、ちょっと……」


 反論の声を上げかけた乙女だったが、胸の辺りに思い切りミラの飛び蹴りを喰らって後方へ吹っ飛んだ。


『やべえっ』


 呼吸が出来ない。不意打ちだったこともあり、乙女のダメージは深刻である。ミラの眷属にされかけ、強化されていなければ死んでいたかもしれない。


「くっそ……」


 やっとのことで立ちあがった乙女だったが、すぐにミラの猛攻に晒される。拳や足が縦横無尽に襲い掛かってくるのだ。華奢なのに滅法力が強い。


 さっきの飛び蹴りは空中から放たれたものだけに、超能力のような力だろうが、現在のミラの攻撃はおそらく単純な怪力によるものである。


 乙女は背中でドアを開け、素早く玄関ホールに逃げた。


「すごいねっ! まだそんなに動けるんだ!」


 哄笑とともに、ミラは空中を滑るように移動して追ってくる。


『これマジでやべえ。力はおんなじくらいかもしれないけど、向こうは空飛べるしな』


 乙女が舌打ちし、物陰に隠れ何とか態勢を立て直そうとしていると、上空から


「さっさと気を失っちゃったほうが楽だよ」

と、ミラの声が聞こえてきた。


「あたしをボコして気絶してる間に血ぃ吸うつもりかよ!」


「ウィル・オー・ウィスプ」


 乙女の呼びかけには答えず、ミラは何やら呪文のような文句を唱える。


 すると、拳二個分くらいの光球が複数出現し、ふよふよと空中をさまよい始めた。


『さっきのやつか?』


 脳裏に学生達の前で乱舞していた光がよぎった瞬間、乙女の方へ素早くそれが飛んでくる。


「あつっ! あだだだ! なんだこれ!?」


 乙女の頭や腕等に光球が命中した。当たった箇所が痺れている。よくはわからないが、電気の塊のようなものらしい。


「あははっ! 隠れたって無駄なんだから」


 ミラは階段周辺の宙に浮かび、高笑いしている。


『ちっきしょー! 飛べるからっていい気になりやがって!』


 乙女の頭は瞬間的に沸騰した。


『こっちの力だって強くなってんだからな!』 


 乙女は、床を踏みしめている足に、ぐっと力を込める。

「こなくそ!」


 乙女は、木製の床を思い切り蹴ってジャンプした。脚力が増大しているせいで、人間とは思えない強烈な跳躍である。


 びっくりしているミラを足を掴み、地べたに引きずり降ろした。


「おとなしくしろ!」


 乙女は馬乗りの体勢で、がっちりミラを足で抑え込み拳を振り上げる。


「っ!」


 必死で肘を上げ顔をガードするミラを見て、乙女は我に返った。


「……?」


 当然くると思っていた衝撃がいつまで経ってもこないので、ミラは不思議そうな目で腕の隙間からチラッと乙女の様子を窺う。


「いだだだ! 痛い痛い!」


 次の瞬間、乙女の背中に先程の光球が二、三発命中する。重心が崩れた隙を狙ってミラはすばしっこく脱出した。


『クソッ! やっぱ子供は殴れねー……。多分ホントはもっと歳いってんだろうけど』


 手を出す事を躊躇した自分に乙女が舌打ちしていると、ミラの勝ち誇った高笑いが聞こえてくる。


「甘い。甘いわねえオトメ」


 ミラはもう空中に浮いてはいない。乙女が自分を打擲出来ない以上、距離を取る必要はないと判断したのだろう。


「でも、あなたのそういうところ好きよ」


 言うが早いか、ミラは笑みがこぼれる口元から、尖った八重歯を覗かせて突進してきた。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?