「躾しなおして、可愛くしてあげるわ!」
ミラは情け容赦なく、乙女に打撃を加える。
「あたしはペットじゃねーよっ!」
威勢良く言い返したが、乙女は防戦一方であった。
一応今のところ防御は出来ているが、このままやられるだけだと時間の問題でミラに敗北してしまうだろう。
『どうしようもねー……』
乙女は焦った。攻防のさなか、外へ続く大きい扉が目に入る。
町まで逃げれば、ミラといえど追っては来ないだろう……と思う。たくさんの人間達の前に自分の姿を見せたくはないのではないか。
『嫌だ。このまんま逃げんのはシャクにさわる』
瞬時に乙女の選択肢から、逃亡の項目が消える。
『どうすりゃいいんだ!』
じりじりと追いつめられる乙女の脳裏に、一つのアイディアが閃いた。自分の得意技の一つを思い出したのだ。
『うん……まぁこれなら悪い子へのお仕置きって感じもするし……罪悪感もあまり感じないな! よし!』
最後の方は自分に言い聞かせている感もあるが、とにかく乙女は決断した。
ミラの右ストレートをかわし、乙女は前に一歩出る。
「えっ?」
驚いているミラの頭を、右掌で引っ掴んだ。
「あああっ! 痛い痛い痛い! やめて!」
乙女はそのまま力を込め、ミラの頭蓋骨を締め上げる。いわゆるアイアンクローであった。
当然ミラは暴れ回り、手足を無茶苦茶に動かして乙女を打とうとする。乙女は敢えて避けようとはしなかった。
「死ぬ! これ死んじゃう! やめて!」
「死なねーんじゃねーのかよ」
乙女は冷たく言い放つ。
「お願いお願い! 頭が割れちゃいそうなの!」
涙声になっている。泣いているようだ。
「……もう悪さしないか?」
「しない!」
「血ぃ吸うなよ? あたしはお前の眷属にはならない」
「そんな……でも」
乙女は無言で指に力を入れる。
「わかった! わかった! オトメを眷属にはしない! 約束する!」
やっとのことで、乙女は力を緩め手を放した。ミラは息を荒くし、床にへたり込んでいる。
「オトメは、私のこと攻撃出来ないんだと思ってた……子供の格好してるから」
しばらくして、ミラは呟いた。
「あれは攻撃なんて大層なもんじゃねーよ。その、悪い子への躾だ。お前風に言えばな」
〝なにが躾よ〟と、ミラは吐き出すように言う。
「人間だったら、頭潰れたトマトみたいになってるわ。あんなの」
「ははは。いいじゃん。ミラはなってないんだから」
ミラは、恨みがましそうな目で乙女を見ながら立ちあがった。服についてしまった埃を払っている。
「……で、これから私どうすればいいの? ここを出て行けばいいわけ?」
「何言ってんだよ。ダチにはなってやるって言っただろ? 一緒に住めばいいじゃん」
乙女は快活に言ったが、ミラはまだ納得いってない、というジェスチャーなのか、顔をぷいっと横に向けてしまった。
「血ぃ吸わねーんなら、一緒に寝てやってもいいぞ? どうする?」
ミラはふくれっ面のまま、こくんと頷き、おとなしく管理人室についてくる。
「あーあ。ひでえなこりゃ」
部屋の中は、戦いの傷跡がそこかしこに残っていた。また補修が必要だろう。
「なぁミラ。ダチにはなるけどさ、結局人間ってのは……まぁ人間じゃなくても、生き物はみーんな一人で生きてかなきゃいけないんだからな。それは覚えとけよ」
寝床に入りながら、言い聞かせるように乙女が言うと、ミラはその幼い目をキッと吊り上げた。
「嘘よ! オトメは昔アイドルとかやってて、友達もファンもいっぱいいるし……家族もいるんでしょ? 全然一人じゃない!」
『ちょっと難しいか……』
乙女は、ここでこれ以上ミラに自分の感じていることを説明するのは、不可能だと判断した。
「まあ、最後に頼れんのは自分だけってことさ」
へへっ、と笑いながら言うと、乙女は寝返り打ってミラに背を向ける。
「……ねぇ、どうして私のこと吸血鬼だって気付いたの?」
背中ごしに、囁くようなミラの声が聞こえてきた。
「まあ色々あんだけど……一番はあれだな。あの学生二人にお前が色々やってた時さ、鏡に映ってなかったんだよ。あの、玄関ホールの階段の踊り場にさ、デカい鏡あんじゃん」
以前、オカルト好きのアイドル仲間に〝吸血鬼は鏡に映らない〟という話を雑談中に聞いていたのだ。
乙女の答えを聞き、ミラはチッと大きな舌打ちをした。
「あんなの外しとけばよかった……」
あはは、と笑いながら乙女は内心、
『あたしはまだ鏡に映るよな?』
と、少し不安になっている。
明日早速試してみよう、と思った。