目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

17.峠の道

第37話

 峻と冬絹は再び早朝から、かささぎ峠への道を登っていた。二回目ということもあり、今度は鉄道を使って近くの駅から歩いて来たので、誰かに連れてきてもらったのではない。


 気兼ねなく長時間滞在出来るというわけだった。


「わあ~すごい~! また閲覧数増えてるよ~!」


 冬絹が、横にしたスマホを見ながらはしゃいでいる。


「おっ。マジで?」 


 峻が横から画面を覗いた。


「本当だ……なんかやべえ数になってんな」


「ほら~! ツイッターでも話題になってるし、まとめとかもたくさん出来てるよ~! 〝まとめ・かわいすぎる?! 洋館に現れた幼女の霊〟〝絶世の美少女、まさかの幽霊〟〝巷で話題の美幼女(幽霊)について調べてみました〟」


 冬絹の騒々しい声が、森閑とした山道に響く。


「うーん。広告入れてたらなー……。儲かってたのになー……」


 峻は深いため息と共に愚痴を吐き出した。


「調べてみたら、ああいうのすぐには入れられないらしいよ~」

「まあな……そりゃそうなんだけど」


 峻はうかない顔で返事をする。


 あの日、本当に乙女は松良屋旅館までノートPCを持って来て、一通りのことをやって帰った。動画の編集までして、チャンネルを開設し、データをアップロードしたのである。自分のチャンネルと相互にリンクを貼るのも忘れなかった。


 冬絹は乙女に感謝していたが、峻は素直に喜ぶことが出来なかった。


 この段に至ってようやく、自分達が町おこしか何かに利用されているのでは、と気付いたのである。


 現にネットの世界では、幽霊の動画だけでなく、ちらほらと舞台である斧馬の地や、待宵屋敷のことも話題になりかけていた。そのこと自体は別に問題無いのだ。自分達も無理を言って本来泊まれない町の施設に、一晩置いてもらったのだから。 


 ただ……。


「でも残念だな~。あれ幽霊じゃないんでしょ~?」

「うん」


 峻の見るところ、あれは幽霊ではなかった。向こうに騙す気があったのかどうかはわからないが、これが問題なのである。


 別に峻はどうでもいいのだが、冬絹は幽霊が見たくてあそこまで行っているので、納得いっていない。


 今度こそ幽霊を撮影する、と言ってまた峠の古墳まで勇んで進んでいるのだ。


「じゃああれなんだったのかな? ふわふわ飛んでたし、なんか鬼火みたいなのも出してたけど」


「さあ……妖怪とか?」


 峻は、踊り場の鏡に姿が映っていなかったところから、なんとなく正体を推察していたが黙っていた。深い意味はなく、確信もないしどうでもよかったのである。


「あ、お姉さん、座敷童みたいなもの、とか言ってたよね? そういう感じの妖怪かなあ」


「うーん……どうだろな」


「まあいっか! どうせ幽霊ではないんだし。今度は絶対幽霊撮るぞ~!」 


 前回、黒衣の女は幽霊を呼びだしている、と峻が言ったため、帰るまでにどうしても幽霊を録画したい冬絹は、強硬にまたかささぎ峠に行きたい、と主張したのだ。今度は古墳の近くで夜を明かしたいらしい。


 峻は止めたが聞く耳を持っていなかった。


 まあ、あの女が何をしていたのか知らないが、再び鉢合わせることはなかろう、と峻もタカを括っていたのである。


「なあ……どうしても幽霊じゃなきゃダメなの? お化けでもよくない?」


「うう~ん。お化けや妖怪はUMAとかの括りでしょ? 嫌いじゃないけど、僕はそういうのより、やっぱり幽霊だな~。死んだ人がもう一回現世に出てくるっていうのにロマンを感じるよ~」


「ああそう。死んだのがもう一回出てくるのがいいわけね」


 峻自体は見慣れているので、格別幽霊を見たいとは思わないが、なんとなく冬絹の趣向は理解した。


『そうか。幽霊居ても冬絹には見えないかもしれないのか』


 峻はハタと重要なことに気付く。


『霊としての力が強かったりすると、霊感無くても見えたりすんのかな……よくわかんねえ。まあ、俺だけ見えるやつだったら、居ても黙ってよ』


 峻が密かに方針を決めていると、木立を縫う強い風が二人の周囲を吹き抜けていった。 遥か上空からも空気を裂く唸り声が聞こえ、激しい気流の存在を感じさせる。


「おお~! 魔の風だよこれは~! きてるね~!」

「不吉なこというなよお前……」


 峻はうんざりした調子で冬絹をたしなめた。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?