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18.気配

第38話

 高所は静かで良い。


 上古は、電波中継所の鉄塔の上でぼんやりと考えていた。


 中心街とはいえ、決して大きいとも繁華ともいえない斧馬の町並。地上で話してもうるさすぎるということはないのだが、仕事の話をする時は、上古は空に近い場所がいいのだ。


『近くて遠いにゃー』


 人の匂いは嫌いじゃないのだが。とぼんやり考えながら、上古は眼下に斧馬の町を見ていた。


 突風が不意に鉄塔を揺らす。接合部が、キィキィと不安な音を立てた。上古の身体を覆っている薄い夏毛をサラサラと飛ばしていく。


 これは。


妙法みょうほう風見かざみ……」


 思わず呟いてしまった上古の背後から〝うむ〟と重々しい声が降ってきた。いつの間にか訪れていた回向である。


「風見が来ているな。もう猶予は無い」

「タイムリミットにゃ~」


 上古は力無く口腔を震わせた。


「なんとかもうちょっと待ってもらえんかにゃ?」 

「無理だな」


 回向は、素っ気なく即答する。


「……あいつ融通利かんからにゃ~」


「うむ。風見はおそらく二・三日で現状を把握し、かやに報告するつもりだろう。我々が効果的な対策を打てていないことが知られれば、詰問されるだろうな」


「考えるだけでも面倒くさいにゃー!」 


 しゃがれた声で空に向かって不服の申し立てをし、上古はゴロンと横になった。


「だいたい、かけいは何をしとるんにゃ! あいつはこういう時のためにおるんじゃにゃいんか!」


箒星ほうきぼしか。別件で忙しいらしいな」


 回向はあくまで淡々を言葉を紡ぐ。


「人手が全然足らんにゃ! わしらのせいというより、これは構造的な問題じゃにゃいのか!」


「一理ある。現状、常夜衛士も廻国巡礼霊場諸寺も機能していない場所が多い」


 ヴゥッ、と上古は咽喉を鳴らして妙な音を出した。


「じゃあ……」

「今回、斧馬については待宵屋敷の者に頼むしかないかもしれんな」


「う、う~ん……でもにゃー……あそこのやつ、洋モノみたいだからにゃ~……こっちの事情をわかってくれたらいいんにゃけど……」


「お前の言っているのは西洋のあやかしのことだな。幼子の姿の。私が言っているのは、一緒に住んでいる人間のことだ」


「同居人にゃ? 素質はあるんかにゃ?」


「素質についてはなんともいえんところだが、妖の少女に力を分け与えられたらしい」


「眷属にされたんかにゃ。それはそれで面倒なようにゃ……」

「いや」


 回向は、殊更強く否定する。


「未だ眷属化はしていない。主従関係を拒んだようだな」


「え~? 何の手助けもにゃしに? そんなん普通の人間に可能なんかにゃ」


「うむ。決闘を制し、無理やり認めさせたようだ」


 ほほう、と返し、上古は細かく髭を震わせた。


「で、そいつ今はどこに住んどるんにゃ?」


「待宵屋敷に居る」


「えっ? まだ妖と一緒に住んどるんかにゃ?」


 そうだ、という回向の端的な返事を聞いて、上古は何やら思いを巡らせている素振りを見せる。


「……ちょっと変にゃ奴みたいにゃけど、あいつ相手にするにはちょうどいいかもしれんにゃあ」


「うむ。知らん仲ではないようだし、ちょうどいい。お前も見たことはある人間だぞ」


「ああ。あの、休憩所に訪ねてきた女にゃな」


 ようやく、上古も思い出したようだ。


「よし、準備が整い次第、待宵屋敷に向かうとしよう。お前は三輪の大物主に話をつけてくれ」


「なんでにゃ?」


 上古は耳を伏せ、明らかに嫌がっている。


「先祖と関係があるらしくてな。新早薬子には大物主の守護がついているのだ」


「お、おまっ……さらっと恐ろしいことを言うにゃ!」


 上古は、飛び起きて総毛立った。


「待宵屋敷の者が、例え引き受けてくれるにせよ、さすがにこのまま行かせるわけにはいくまい」


「当たり前にゃ! 雅樂が引き受けんで良かったにゃ!」


「いや、すまん。どうも混乱があるようで、調べるのに手間取ってしまった」 


 頭こそ下げないが、本当に悪いと思っているようで回向は珍しく殊勝な声を出す。


「頼む」


「……あいつ話通じるんかにゃ~」


「心があるならば通じるだろう」


「まあそう祈るしかないにゃ」


 上古は大きく伸びをし、鉄塔の上からひょいっと飛び降りる。落下の途中、空間が水面のように歪み、上古の姿はその中に消えてしまった。


「さて……」


 回向は嘆息し、鉄塔の上で胡坐をかく。


 上古が首尾よく大物主と話をつけてくればいよいよ大詰めだな、と考えていた。



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