高所は静かで良い。
上古は、電波中継所の鉄塔の上でぼんやりと考えていた。
中心街とはいえ、決して大きいとも繁華ともいえない斧馬の町並。地上で話してもうるさすぎるということはないのだが、仕事の話をする時は、上古は空に近い場所がいいのだ。
『近くて遠いにゃー』
人の匂いは嫌いじゃないのだが。とぼんやり考えながら、上古は眼下に斧馬の町を見ていた。
突風が不意に鉄塔を揺らす。接合部が、キィキィと不安な音を立てた。上古の身体を覆っている薄い夏毛をサラサラと飛ばしていく。
これは。
「
思わず呟いてしまった上古の背後から〝うむ〟と重々しい声が降ってきた。いつの間にか訪れていた回向である。
「風見が来ているな。もう猶予は無い」
「タイムリミットにゃ~」
上古は力無く口腔を震わせた。
「なんとかもうちょっと待ってもらえんかにゃ?」
「無理だな」
回向は、素っ気なく即答する。
「……あいつ融通利かんからにゃ~」
「うむ。風見はおそらく二・三日で現状を把握し、かやに報告するつもりだろう。我々が効果的な対策を打てていないことが知られれば、詰問されるだろうな」
「考えるだけでも面倒くさいにゃー!」
しゃがれた声で空に向かって不服の申し立てをし、上古はゴロンと横になった。
「だいたい、
「
回向はあくまで淡々を言葉を紡ぐ。
「人手が全然足らんにゃ! わしらのせいというより、これは構造的な問題じゃにゃいのか!」
「一理ある。現状、常夜衛士も廻国巡礼霊場諸寺も機能していない場所が多い」
ヴゥッ、と上古は咽喉を鳴らして妙な音を出した。
「じゃあ……」
「今回、斧馬については待宵屋敷の者に頼むしかないかもしれんな」
「う、う~ん……でもにゃー……あそこのやつ、洋モノみたいだからにゃ~……こっちの事情をわかってくれたらいいんにゃけど……」
「お前の言っているのは西洋の
「同居人にゃ? 素質はあるんかにゃ?」
「素質についてはなんともいえんところだが、妖の少女に力を分け与えられたらしい」
「眷属にされたんかにゃ。それはそれで面倒なようにゃ……」
「いや」
回向は、殊更強く否定する。
「未だ眷属化はしていない。主従関係を拒んだようだな」
「え~? 何の手助けもにゃしに? そんなん普通の人間に可能なんかにゃ」
「うむ。決闘を制し、無理やり認めさせたようだ」
ほほう、と返し、上古は細かく髭を震わせた。
「で、そいつ今はどこに住んどるんにゃ?」
「待宵屋敷に居る」
「えっ? まだ妖と一緒に住んどるんかにゃ?」
そうだ、という回向の端的な返事を聞いて、上古は何やら思いを巡らせている素振りを見せる。
「……ちょっと変にゃ奴みたいにゃけど、あいつ相手にするにはちょうどいいかもしれんにゃあ」
「うむ。知らん仲ではないようだし、ちょうどいい。お前も見たことはある人間だぞ」
「ああ。あの、休憩所に訪ねてきた女にゃな」
ようやく、上古も思い出したようだ。
「よし、準備が整い次第、待宵屋敷に向かうとしよう。お前は三輪の大物主に話をつけてくれ」
「なんでにゃ?」
上古は耳を伏せ、明らかに嫌がっている。
「先祖と関係があるらしくてな。新早薬子には大物主の守護がついているのだ」
「お、おまっ……さらっと恐ろしいことを言うにゃ!」
上古は、飛び起きて総毛立った。
「待宵屋敷の者が、例え引き受けてくれるにせよ、さすがにこのまま行かせるわけにはいくまい」
「当たり前にゃ! 雅樂が引き受けんで良かったにゃ!」
「いや、すまん。どうも混乱があるようで、調べるのに手間取ってしまった」
頭こそ下げないが、本当に悪いと思っているようで回向は珍しく殊勝な声を出す。
「頼む」
「……あいつ話通じるんかにゃ~」
「心があるならば通じるだろう」
「まあそう祈るしかないにゃ」
上古は大きく伸びをし、鉄塔の上からひょいっと飛び降りる。落下の途中、空間が水面のように歪み、上古の姿はその中に消えてしまった。
「さて……」
回向は嘆息し、鉄塔の上で胡坐をかく。
上古が首尾よく大物主と話をつけてくればいよいよ大詰めだな、と考えていた。