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第43話

「いやいやいや! さすが乙女さん! 義侠心がありますにゃ!」

「別にそんなんじゃねーけど……」


「なにゆえ気が変わった?」

「最初から行かないとは言ってないでしょ」


 乙女は、しばらく頭を掻いて考えていたが、やがて回向に喋り始めた。


「うーん……。あたしさあ、あいつ結構好きなんだよ」

「薬子がか?」

「うん、そう。あたし変なヤツ好きなの」


 乙女はニッと笑う。


「だからさ。何しようとしてんのかとか、あんたらとどういう関係なのかとか、直接聞きたいなー、と思って。興味あるから」


「興味本位で行くのか?」


「好きってそういうことじゃん?」


「ふむ……なるほど」


 回向は何やら思案に耽り始めた。


「それでですにゃ、乙女さん、行くに当たって一つ、山名雅樂ちゃんを一緒に連れてってくれんかにゃ?」


 待ちかねたように上古が口を開く。〝なっ!〟とどこからか絶句する声が聞こえてきた。ミラの声のようである。


「寝てっけど……」


 雅樂は先程からずっと気を失ったままだ。


「ああいや、それは起きてからワシ……上古がそう言うとったと伝えてくれたら問題にゃー」


「あんたのこと怖がってるみたいに見えたけど、言う事聞くと思う?」


「ワシ一応、その子の家で尊敬を受けとる存在にゃので……多分……」


 上古は喋りながら、少し自信を失ってきたようにも見えた。


「まあ兎に角その子は、一応霊能力的なモンを受け継いどるんで、助けんなるはずにゃ」


『そういやさっきそんなこと言ってたな……』 


「行かせてかまわんのか?」


 乙女が雅樂の発言を思い出していると、おもむろに回向が口を開く。


「大物主は対処したし、近づかんかったら大丈夫にゃ。考えがあるんにゃ」


「本人が良いっつうんなら別に一緒に行ってもいいけど……」


「そう! そんで行く時に一旦家に帰って〝やすらい荒神こうじん〟の準備をして来てくれ、と伝えて欲しいんにゃ」


 上古はさっと乙女の方に振り向いて言った。


「注文多いな……えっと……〝やすらいこうじん〟ね。オッケー」


 乙女は几帳面に上古の言う事をメモした。


「いやー、よかったよかった。これでワシらも肩の荷が降りましたにゃー」


 上古はもう、何もかも終わったような顔をして、ほっこりしている。


「言っとくけどあたしはあくまで話し合いに行く気だからね? ケンカとかする気ないから」


「あんまり……そういう穏やかな会見にはならんと思いますがにゃ」


「ま、そん時はあんたら希望通りになるかもね」


 上古は、どっこいしょ、と勢いをつけて文字通り重そうな腰を上げた。もう用事は済んだのだろう。


 上古が部屋を出た後も、回向は一人残って何やら乙女を見つめている。 


「なんだよ」

「……いや、おぬしなら出来るかもな」

「? なんの話?」


「〝話し合い〟だ」


 言った後、回向は深く思いを沈めるような息を吐いた。


「あと一つ。新早薬子は凶悪な神具を所持している。留意しておくといい」


「ちょ、ちょっと待ってよ。なんだよそれ?」


 くるりと背中を向け、上古の後を追おうとしている回向を乙女は呼び止める。


「神通を引き起こす道具だ。特にあやつの物は千早ぶる神代の神威しんいを保持している。手強いぞ」


「そんなもんどう気をつけりゃいいのさ?」


 回向は少し思案し、語り始めた。


「……そうだな。薬子の持っているのは〝十種神宝〟という代物だ。その力を充分に振るおうとするなら、箱に入れて揺すりながらまじないの文句を唱える、という準備が必要らしい。薬子がそのような動作を始めたら警戒するがいい」


「あ、ああそう。まあ覚えとくよ」


 乙女の応えを聞くと、回向は満足そうに頷き、待宵屋敷を去って行った。


「さて……」


 雅樂はまだ寝ている。取りあえず起きるまで待とうか、と思っていると


「しょうがないわね!」


と、玄関ホールから声が聞こえてくる。


「私もついてってあげるわ。その、なんとか峠に!」


 ミラが上から、すーっと現れ部屋のドアの前に降り立つ。



「あれ、あんたらまだ帰ってなかったの?」



 乙女がホールの方へ目線をやりながら言うと、ミラは慌てて部屋の隅に隠れた。



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