「いやいやいや! さすが乙女さん! 義侠心がありますにゃ!」
「別にそんなんじゃねーけど……」
「なにゆえ気が変わった?」
「最初から行かないとは言ってないでしょ」
乙女は、しばらく頭を掻いて考えていたが、やがて回向に喋り始めた。
「うーん……。あたしさあ、あいつ結構好きなんだよ」
「薬子がか?」
「うん、そう。あたし変なヤツ好きなの」
乙女はニッと笑う。
「だからさ。何しようとしてんのかとか、あんたらとどういう関係なのかとか、直接聞きたいなー、と思って。興味あるから」
「興味本位で行くのか?」
「好きってそういうことじゃん?」
「ふむ……なるほど」
回向は何やら思案に耽り始めた。
「それでですにゃ、乙女さん、行くに当たって一つ、山名雅樂ちゃんを一緒に連れてってくれんかにゃ?」
待ちかねたように上古が口を開く。〝なっ!〟とどこからか絶句する声が聞こえてきた。ミラの声のようである。
「寝てっけど……」
雅樂は先程からずっと気を失ったままだ。
「ああいや、それは起きてからワシ……上古がそう言うとったと伝えてくれたら問題にゃー」
「あんたのこと怖がってるみたいに見えたけど、言う事聞くと思う?」
「ワシ一応、その子の家で尊敬を受けとる存在にゃので……多分……」
上古は喋りながら、少し自信を失ってきたようにも見えた。
「まあ兎に角その子は、一応霊能力的なモンを受け継いどるんで、助けんなるはずにゃ」
『そういやさっきそんなこと言ってたな……』
「行かせてかまわんのか?」
乙女が雅樂の発言を思い出していると、おもむろに回向が口を開く。
「大物主は対処したし、近づかんかったら大丈夫にゃ。考えがあるんにゃ」
「本人が良いっつうんなら別に一緒に行ってもいいけど……」
「そう! そんで行く時に一旦家に帰って〝やすらい
上古はさっと乙女の方に振り向いて言った。
「注文多いな……えっと……〝やすらいこうじん〟ね。オッケー」
乙女は几帳面に上古の言う事をメモした。
「いやー、よかったよかった。これでワシらも肩の荷が降りましたにゃー」
上古はもう、何もかも終わったような顔をして、ほっこりしている。
「言っとくけどあたしはあくまで話し合いに行く気だからね? ケンカとかする気ないから」
「あんまり……そういう穏やかな会見にはならんと思いますがにゃ」
「ま、そん時はあんたら希望通りになるかもね」
上古は、どっこいしょ、と勢いをつけて文字通り重そうな腰を上げた。もう用事は済んだのだろう。
上古が部屋を出た後も、回向は一人残って何やら乙女を見つめている。
「なんだよ」
「……いや、おぬしなら出来るかもな」
「? なんの話?」
「〝話し合い〟だ」
言った後、回向は深く思いを沈めるような息を吐いた。
「あと一つ。新早薬子は凶悪な神具を所持している。留意しておくといい」
「ちょ、ちょっと待ってよ。なんだよそれ?」
くるりと背中を向け、上古の後を追おうとしている回向を乙女は呼び止める。
「神通を引き起こす道具だ。特にあやつの物は千早ぶる神代の
「そんなもんどう気をつけりゃいいのさ?」
回向は少し思案し、語り始めた。
「……そうだな。薬子の持っているのは〝十種神宝〟という代物だ。その力を充分に振るおうとするなら、箱に入れて揺すりながら
「あ、ああそう。まあ覚えとくよ」
乙女の応えを聞くと、回向は満足そうに頷き、待宵屋敷を去って行った。
「さて……」
雅樂はまだ寝ている。取りあえず起きるまで待とうか、と思っていると
「しょうがないわね!」
と、玄関ホールから声が聞こえてくる。
「私もついてってあげるわ。その、なんとか峠に!」
ミラが上から、すーっと現れ部屋のドアの前に降り立つ。
「あれ、あんたらまだ帰ってなかったの?」
乙女がホールの方へ目線をやりながら言うと、ミラは慌てて部屋の隅に隠れた。