そろそろ日が沈もうとしていた。
田舎にしてはそれなりに交通量の多い時間帯の国道を、萩森の運転する軽の箱バンが疾走している。
「どこで曲がるんだっけ? ここだったかな……」
頼りないことを言っている萩森の頭を、ミラが後部座席からペンッ、と掌で叩いた。
「情けないこと言わないでよ。あなたしか当てにならないんだから」
「いや、町内ならだいたいどこでも行けるよ。地図見て場所も分かったし。ただ、夜だし暗いから道順が分かりにくいだけで」
萩森は一息ついて、うーん、と鼻の奥を鳴らした。
「っていうか、何しにあんなとこ行くんですか? こんな時間に?」
「それは言えねー」
乙女はにべもなく言う。適当な理由が思いつかなかったのである。
「ええっと……なんと言いますか……下調べ、そう、下調べのようなものですわ」
雅樂が、詰まり詰まりしながら言った。
「下調べ……。なるほど、そういやあそこ今度発掘して観光用に整えるんでしたね」
と、萩森は一応返すが、
「いやいや! それでいきなり僕達がこんな時間に動員されるのおかしいじゃないですか!」
ノリツッコミ気味に付け足す。
「山名さんはなんかコスプレみたいな格好してるし……」
「コ、コスプレではありませんわ! これはその、指令がありましたので……」
雅樂は抗議の声を上げたが、徐々に勢いが失われていった。
「なんか藁人形打ちに行くようなカッコだよね」
乙女が言うと、隣の運転席の萩原が〝ブッ〟と噴き出す。確かに白装束の雅樂は一見そういうビジュアルだった。
「そういう類のものではありません!」
「でもハチマキに蝋燭立てたら完璧ですよ」
雅樂は確かに眉間に白の鉢巻も絞めている。
「火は危ないので……」
「懐中電灯かなんかにすれば?」
ミラが横からどうでもよさげに口を出した。
「それじゃ八つ墓村だよ」
乙女が言うと、また萩原が声を上げて笑った。
「やつはし……?」
「あ、いえ、昔そんなような映画があったんですよ」
雅樂とミラはよくわかっていなかったが、萩森は適当に流す。
「それどんな映画? オトメ」
「あー……今度見せてやるよ。どっかで配信してるだろ」
「あのー、聞いていいことなのかどうなのかわかんないんですけど……」
萩森は遠慮がちに口を開いた。
「その子、どういう子なんですか?」
「あー、それ聞いちゃう?」
乙女の返事を聞き、萩森は一瞬言葉に詰まる。
「だって……気になるじゃないですか……」
「た、確か乙女様の遠い親戚の子なんですわよね? 外国の」
「えーー……? まぁ、うん。そう」
乙女は敢えてヘタクソな雅樂のフォローに乗っかることにした。
「ウン。ソウナノ」
「急に?!」
突然カタコトになったミラに、萩森は的確なツッコミを入れる。
「でも……その、親戚っていってもこの子ちょっとこう、見た目が日本人離れしてるっていうか……いや、あり得なくはないですけど……」
「いや、遠いからね。親戚っつっても。まぁ、その辺は気にしなくても、平気だから」
「そうですわ。気にしなければ大丈夫です」
「ダイジョブダイジョブ」
「あの……もしかしてその子、動画の幽霊の子じゃありませんよね……?」
萩森は勇気を振り絞って訊ねてみたのだが、乙女に一笑に付された。
「あっはははは! 面白いこと言うねえ、はぎもっちゃんは!」
ついでに雅樂も〝ホホホホ〟とぎこちなく笑っている。
「さっきはぎもっちゃんに触ったじゃん。生きてるよ。幽霊なら触れないでしょ?」
「そういうことを言ってるんじゃないんですけど……」
「こ、この子は遠い親戚ではある乙女様を頼って、遠路はるばる日本文化の勉強をしに来たのですわ。なんでも今日到着したばかりとか……。ですわよね?」
「ウン。ワタシニホンノブンカ、トテモキョウミアルノ」
ミラは素直に頷いた。
「まあもういいですけど……あーあ……」
萩森は嘆息しながら、車を走らせる。
既に、車道は国道では無くなっていた。駅の横を抜けスピードを落とし、しばらく細い田舎道を走って、目的地のかささぎ峠登り口に着いた。
「よっしゃ行くか!」
乙女は無理やり勢いをつけ、車外に出る。何か空気がピリピリしているのを感じた。
「ぞわぞわしますわね……あっ」
「どしたの?」
「これ……」
雅樂は袖を捲って乙女に自らの肌を触らせる。
「あら。鳥肌立ってるね」
「わたくし、その霊的にマズい場所に来ますと昔からこうなりますの。久々ですわ」
「あのデカい猫は大丈夫なわけ?」
「上古様ですか? ……あの方は一応ウチの守り神のような存在らしいので……」
「嫌なら帰んなさいよ」
ブスっとした顔で、ミラが言った。
「こっ、ここまで来たからにはそういうわけには行きませんわ」
「あのー、何するのか知りませんが、さっさと終わらせて帰りましょうよ」
萩森が声を出すと、皆一斉にそちらを向く。
「あ……言ってなくて悪ぃんだけど、萩森さんは車で待機しててくれる?」
乙女が言うと、
「何言ってるんですか。こんな夜の山道を女性だけで登らせるなんて出来ませんよ。小さい女の子だっているのに」
と、萩森は憮然とした様子で反論する。
「あの、萩森さん。今回は本当に、その申し訳ないのですがここで待っていていただけると……」
「ダメですよ。ここは譲れません。そもそも……」
萩森は喋っている途中で〝うっ〟と呻き膝から崩れ落ちた。
「お、お前何してんだよ!」
慌てて乙女が駆け寄り、萩森の身体を支える。魂が抜けたようにぐったりとしていた。ミラが何かしたらしい。
「気絶してるだけよ。一、二時間で覚めるわ。急いでるんでしょ? さっさと行きましょ」
ミラは何でもないように言った。
「だ、大丈夫なんですの?」
「クルマの中に入れておけばいいわ」
「しょーがねーな……」
乙女はまだ何か言いたそうだったが、おとなしくミラの言う通り、運転席に萩森を乗せる。
念の為確かめてみると、呼吸もしていたし心臓も動いているようだった。
「そんじゃま、行くか……」
乙女が言うと、それが号令だったかのように皆静々と歩き始めた。