空は晴れているし、木々も静かなものだったが、どこからか風の唸りのような妙な音が響いていた。
その割には蒸し暑く、肌にまとわりついてくるような空気がうざったい。
「ちょ、ちょっと待っていただけませんか?」
雅樂は二人から少し遅れて歩いている。明かりを持ってくるのを忘れてしまったのだ。
ミラは問題ないし、乙女も最近夜目が効くようになってしまったので、明かりは持ってきていない。
必然的に二人が雅樂を先導する形である。
「ほら、気をつけなさいよ。そこ木の根っこあるから……あんた鈍くさいわね」
口調はこんなだが、ミラは何となく雅樂の世話を焼くのが満更でもない様子だった。
「お前よく来る気になったなあ」
乙女が言うと、ミラは小さな胸を張り
「そりゃ、あなた達だけには任せられないからね」
と偉そうに言った。
「どういうことですの?」
「えー……だから、その、この町は私の縄張りだから」
「縄張り?」
雅樂はきょとんとしている。
「だから! その、薬子とかいうヤツが人間風情の分際でなんか派手なことしようとしてるのが気に入らないの! どっちが上か教えてやんなきゃ」
「動物かよ」
「はあ……? 人間風情……」
一応聞いたが、雅樂はいまいち呑み込めていないようだった。
「乙女様、どうやらこの子、幽霊ではないようですが……何者でしょう?」
雅樂は、こっそり乙女に耳打ちした。乙女は雅樂にもミラの正体は適当にぼかして伝えていたので、よくわからないまま同行しているのだ。
「さぁ~。あたしより前からあの屋敷に住んでる、っつってたけど……」
「何か人ならぬ気配を感じますわ。わたくしの見るところ、モノノケの類ではないかと……」
「こらーっ! 二人だけでコソコソ話すなー!」
ミラが無理やり乙女と雅樂の間に割って入る。
「内緒話禁止ね。わかった?」
ミラが言うと、雅樂は〝はあ〟と困惑したような声で返事をした。
『やっぱ雅樂ちゃんとあたしを二人で行かせたくなかったんだな……』
ミラが嫉妬深いのは、乙女も充分承知している。
あの猫、狙ってやったんならわりと上手いことやりやがったな、と乙女が考えていると、
「それで結局、着いたらどうするの?」
と、ミラが言い出した。
「よくわかりませんが、乙女様の言う通り、まずは話しあってみるのがよろしいかと……」
「私思うんだけど、まずあなたが話したほうがいいんじゃない? 一応オトメや薬子の上司になるんでしょ?」
ミラが提案すると、雅樂はやんわりと首を横に振る。
「それはその通りなのですが、今回交渉は乙女様にまかせようと思っておりまして……。適材適所と申しますか……」
「じゃああなたは何しに行くわけ?」
ミラは外見に見合った率直さで訊ねた。
「それもはっきりとは知らされていなくて。言われた通りの準備はしてきたのですが」
「なんかあの猫は、行けばわかるっつってたよ」
乙女の言を聞き、ミラはへぇ……と胡散臭げに口腔を鳴らす。
「まあいいわ。私と乙女で戦うから、あなたは後ろで見てなさいよ。強いっていっても相手は人間だし、私達二人ならなんとかなるでしょ。ね? オトメ」
「お前なぁ……ケンカしに行くんじゃねーんだって……」
乙女は呆れ声で言ったが、ミラは聞こえているのかいないのか、返答しない。乙女の腕にぎゅっとしがみつくようにして、鼻歌を歌いながら歩いているのみであった。