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24.再訪

第55話

「よー、元気ー?」


 薬子は、気安く呼び掛けながら〝史談の町の休憩所〟に入ってきた乙女を横目で確認し、露骨に顔を顰めた。


「用件は?」


「いや、元気にしてるかなーと思ってさ」


「おかげさまで元気よ。痛めつけられた箇所もようやく回復してきたわ」


「そういうことを言うなよ~。お互いさまなんだからさ~」


 乙女は手をヒラヒラさせながら無頓着に笑う。


「てかさ、戻ってくれてサンキューな」


 薬子はきょとんとした顔をしている。


「いやお前、あの時本当にすぐどっかいっちゃいそうだったから。まだ斧馬に居てくれて感謝してるよ」


「妙な人ね」


 素っ気なく言い、薬子は小さく吐息を漏らした。


「あなたに興味が湧いたからよ」

「えっ?」

「理由を聞きに来たんじゃないの? ここに残った」

「ああ……まぁ、そうかな」


 乙女は本当に様子を見に来ただけなのだが、別にそれでもいいか、と思い直す。


「興味ってなに? どんな感じ?」


「あなたの強さ。精神力かな。負けるとは思ってなかったから」


「あ、ああ……そういう」


「あなたみたいなタイプに対する対処方も考えておきたいから」


 友好を深めようなどという気は無さそうであった。


「まあ、うん。勉強熱心なのはいいことだと思うぜ。負けだ相手の研究なんてさ。偉いよ。真面目じゃん」


 〝負け〟という単語に反応し、薬子の眉間に不機嫌そうな縦皺が寄る。


「大物主がいれば負けなかった」

「えーと……」


 地雷を踏んでしまったようだった。


「あー、そうだ。お前アイドルやれば? あたしがプロデュースしてやるよ」

「はぁ!?」


 薬子は大声を上げる。


「どういう意味?」


「いや、お前なんか性格的に向いてそうだから……。負けず嫌いだし……。あと、アイドルってなんかお前みたいな変な奴多いんだよ。馴染むんじゃないかと思って」


「帰りなさい。用は終わったんでしょ」


「怒んなよお前~! 言ってみただけだろ」


「帰りなさい」


 繰り返し、有無を言わさぬ口調で薬子が告げた。 


「わかったよ、も~」


 乙女は観光客用に設えられた木製の椅子から、腰を上げる。


「また来るから」

「やらないわよ。アイドルなんて」

「遊びに来るだけだっつーの」


 乙女は〝バイバイ〟と手を振って休憩所の外に出た。


 思わず、前の民家の軒に目が行ってしまう。


「まあ……やっぱいねーか」


 今回、屋根の上に大きな猫も虚無僧の姿も発見出来ない。


 鼻歌を歌いながら、乙女は真っ青な空の下、待宵屋敷への帰路についた。


 まだまだ、暑い夏は続く。


               了


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