「よー、元気ー?」
薬子は、気安く呼び掛けながら〝史談の町の休憩所〟に入ってきた乙女を横目で確認し、露骨に顔を顰めた。
「用件は?」
「いや、元気にしてるかなーと思ってさ」
「おかげさまで元気よ。痛めつけられた箇所もようやく回復してきたわ」
「そういうことを言うなよ~。お互いさまなんだからさ~」
乙女は手をヒラヒラさせながら無頓着に笑う。
「てかさ、戻ってくれてサンキューな」
薬子はきょとんとした顔をしている。
「いやお前、あの時本当にすぐどっかいっちゃいそうだったから。まだ斧馬に居てくれて感謝してるよ」
「妙な人ね」
素っ気なく言い、薬子は小さく吐息を漏らした。
「あなたに興味が湧いたからよ」
「えっ?」
「理由を聞きに来たんじゃないの? ここに残った」
「ああ……まぁ、そうかな」
乙女は本当に様子を見に来ただけなのだが、別にそれでもいいか、と思い直す。
「興味ってなに? どんな感じ?」
「あなたの強さ。精神力かな。負けるとは思ってなかったから」
「あ、ああ……そういう」
「あなたみたいなタイプに対する対処方も考えておきたいから」
友好を深めようなどという気は無さそうであった。
「まあ、うん。勉強熱心なのはいいことだと思うぜ。負けだ相手の研究なんてさ。偉いよ。真面目じゃん」
〝負け〟という単語に反応し、薬子の眉間に不機嫌そうな縦皺が寄る。
「大物主がいれば負けなかった」
「えーと……」
地雷を踏んでしまったようだった。
「あー、そうだ。お前アイドルやれば? あたしがプロデュースしてやるよ」
「はぁ!?」
薬子は大声を上げる。
「どういう意味?」
「いや、お前なんか性格的に向いてそうだから……。負けず嫌いだし……。あと、アイドルってなんかお前みたいな変な奴多いんだよ。馴染むんじゃないかと思って」
「帰りなさい。用は終わったんでしょ」
「怒んなよお前~! 言ってみただけだろ」
「帰りなさい」
繰り返し、有無を言わさぬ口調で薬子が告げた。
「わかったよ、も~」
乙女は観光客用に設えられた木製の椅子から、腰を上げる。
「また来るから」
「やらないわよ。アイドルなんて」
「遊びに来るだけだっつーの」
乙女は〝バイバイ〟と手を振って休憩所の外に出た。
思わず、前の民家の軒に目が行ってしまう。
「まあ……やっぱいねーか」
今回、屋根の上に大きな猫も虚無僧の姿も発見出来ない。
鼻歌を歌いながら、乙女は真っ青な空の下、待宵屋敷への帰路についた。
まだまだ、暑い夏は続く。
了