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23.

第54話

 ブ厚い遮光カーテンで、窓を覆った一室に難しい顔をした人間たちが集まっている。


「こらおおごとやなあ」


 腕組みした男が、しわがれた声でぼやいた。部屋の前面には天井から白いスクリーンが垂れ下がっており、無残に損傷した山頂の古墳の姿がプロジェクターを通し次々とスライド方式で映し出されている。言わずと知れたかささぎ峠の古墳〝かささぎ峠古墳〟の写真だ。


「まあでも、整備前で不幸中の幸いよな」


「あれ、ちゃんと表面に石とか積んで昔の恰好にするんやもんな。その後でこんなんなったら目も当てられんわい」


「なんか、中の骨やら副葬品? もバラバラに散らばっとるゆう話で……。早急に集めんといけんよねえ」


「集めるゆうても……副葬品はともかく、骨はもう本当にバラバラなんやろ? わしら素人では難しかろう」


「骨やら石やらようわからんで」


「それはまあ、大学の先生に来てもろうて……」


「大学そんなんやってくれるんかいな」


「あの~、まあその辺のことはおいおい考えていくということで……今回集まってもろうた本筋のほうをですね……」


 まとめ役らしい男が、のんびりした声を上げた。


「ああ、はいはい」

「本筋ね」


 部屋内の者達は前方のスクリーンに向き直った。


「ちょっと待ってくださいね。本筋は動画んなりますけん……」


 まとめ役の男はノートPCを操作し、スクリーンに再生した動画を映した。


「おお……これはスペクタクルやな」

「あれ? あんた初めて見るの?」

「いや、そがいに大したもんやなかろうと思うとってな」


 スクリーンでは、薬子と乙女の凄まじい戦いが展開している。


「これ……やっぱおたすけし隊の二人よなあ」


「暗いけんわかりにくいが、そう見えるな」


「え? これ市のチャンネルに上がっとるわけ?」


「いやいやいや。なんやどっかのYOUTUBERが公開しとる動画っちゅうことで」


「そんなら問題なかろう」


「いやいやいや。それがやな、あの、武音乙女さん、ウチのおたすけし隊の。あの武音さんが作っとるYOUTUBEのチャンネルにリンク貼っとるらしい」


「えええ……」


「それだけやないで。武音さん、そのYOUTUBERの別の動画に出てなんか色々話したりしとるんやって」


 司会の男はPCを操作し、当該動画を映した。


「う、うーん……これはまた微妙な……」


「いやでも、それ自体は別にええんやないの?」

「なにがいな?」


「あの人は元アイドルやろ? わしらその、なんや、知名度やら話題性やらも込みで採用したやないの」


「ああ〝客寄せパンダ〟……」


「ええ言い方やないがな」


「そんならまあ、本来の仕事を果たしとる、ゆうことになりゃせんかな」


「いやいや、しかしやな。やっぱりこの、古墳のやつはなあ」


「うん。いくら話題作りや、ゆうても不謹慎すぎやせんかの」


「地震で壊れたかささぎ峠の古墳のとこ行って、こんなもん撮っとるわけやろ? まあ撮ったんは別の人間かもしれんが……」


「古墳ゆうてもまあ、墓やからなあ。故人のことを考えたら、あんまり遊びもんにするゆうんも……」


「そのことなんやけど、わしちょっと引っかかるんやけど」


 一人の男が深刻な顔をして挙手する。


「なに?」

「あの、古墳ってほんとに地震で壊れたんかな?」


 一瞬、みなが口を閉じ、ノートPCのスピーカーから流れる、がさついた動画の音だけが室内に流れた。


「いや、他になにがあるんな?」


「だいたい、あの日わしら別に揺れなんか感じんかったし、スマホの緊急地震速報も鳴らんったし……TVでも全く地震のことなんか言わんかったやろ?」


「えっ? なになに? どういうこと?」

「はよ言うてくれ。あんまり気持たさんで」


「あの古墳壊したの〝地方振興おたすけし隊〟の二人やないかなあ……。武音さんと、もう一人の……そうそう、新早薬子とかいう……」


「そんなあ、あんた!」

「めちゃくちゃ言うたらダメよ」

「人間の力であがいな壊し方が出来るかい」


「まあ、そらなあ……常識で考えたらそうなんやが……でも出来すぎとろう? たまたま地震が起こった時に、たまたまあの二人がかささぎ峠行って、ああいう、なんじゃ、悪戯みたいな動画を撮るゆうんも……」


「地震の予知でも出来るとか?」


「ああ、そういや、あの市長の知り合いかなんかゆう話の娘、薬子たらゆう娘は、わし一回会うてみたけど、なんか変な雰囲気やったな。そんなんが出来ても不思議はないかも……」


「まあまあ、もう冗談の話はええですけんなあ」


 司会の男が、パンパンと手を叩いた。


「確かめてみにゃあなんとも言えませんが、この動画に映っとるのがあのおたすけし隊の二人やった場合、その処置をどうするかあ、ゆうことで」


「どうするゆうて……」


 みなの顔に、微妙な緊張が走る。


「まぁ……、動画を消してもろうたら、不問ゆうことでええことないですか? クビにするゆうたら色々面倒ながでしょう」


「そら説明もせないかんなるし、しんきなな」


「消すのは無理よ。やってあんた考えてみなはいや。あの動画公開しとるのって、どっかのYOUTUBERなんやろ?」


 五、六人の口から〝あっ〟という一言が漏れた。


「そうやった……武音さんがUPしとるんならともかく、どこぞの人間がUPしとるものをどうにもできん」


「さ、削除要請とかゆうんもあるらしいけど」


「いやいやいや。そんな要請するんなら、理由も説明せないくまい。どう説明する?」


「いや、勝手に我が町のイメージが下がるような動画を公開されて迷惑しとる、とかなんとか……」


「別にイメージは下がらんことないか?」

「色々突っ込まれだしたらしんきな、ゆう話で……」


「その前にあんた、我が町のおたすけし隊が参加しとる動画に、その言いぶんは通るまい。もしそれで通すんなら、おたすけし隊の二人は処分せざるをえんことんなろうが」


 全員で一しきり唸ったが、いい知恵は出ない。


「……だいたい順番がおかしいんや。二人に〝これはあんたらなんか?〟ゆうて動画見せて確認とろうや。話はそっからやろ?」


「気が進まんのう……」


「それ、あんまりはっきりささんほうがええことないか? もしなんかしら問題が起こってしもうた時に言い抜けできんようんなるぞ」


「ほんならどうする?」


 再びみな、一様に口を噤んだ。



「……見んかったことにするか?」



「なんか問題が起こったら、そん時にまた考えるゆうことで……」


「そうそう。臨機応変やがな」


「うん。あの古墳で戦いよる動画も、その前のなんか待宵屋敷で幽霊が出る動画も、再生回数えらいことんなっとるしな。ぽつぽつ問い合わせや、それ目当ての遊山の客も来よるみたいなし、まあ、斧馬のためにはなっとるわい」


「そうそう。あのYOUTUBER、動画の説明文に斧馬の名前ちゃんと目立つように出してくれとるから」


「感心なな」


「そんじゃ、まあ、今回はそういうことで」


 司会の男は気の抜けた声で言うと、スクリーンやプロジェクター、ノートPCを片付け始めた。



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