晴れ渡る空。
夏の盛り、幼き頃の思い出にはいつも兄さまと
そのスピードは後継者で優秀と目されていた
『男だったなら
女子と言うだけで、武官にはなれないと言われた時の梓涵の顔は見事な仏頂面であり、兄の星宇と皇太子の龍安様は可愛い妹を見て笑った。
その笑いがますます梓涵の仏頂面に磨きをかけたところで、龍安様は梓涵に言ったのだ。
『そうだな。未来で俺に大切な人が出来たとき、その人を梓涵が守ってくれたら、その時は皇帝たる俺が梓涵の好きな相手と結婚できるように後押ししよう』
それは家長が娘の結婚相手を決める
まだまだ、恋愛なんて知らない梓涵だったが父の決める相手が好みとは限らないと、幼いながらに父が買ってくる服選びの時点から察していた。
なので、幼いといえどもはっきりした性格の持ち主だった梓涵はここですぐさま決めた。
『龍安様、絶対のお約束ですよ。梓涵は必ずや未来で龍安様の大切な方をお守りしてみせますので、その時は必ずや梓涵の想う方と結婚させて下さいね!』
幼き日の梓涵の約束は、十年後梓涵と皇帝となった龍安様の現状から果たされることになるのだった……。
殷龍国、白華五年。
あれから、時は経ち。
私、劉・
そろそろ、父が本気で嫁ぎ先を探し出す年齢になった私の内心は最近焦りでいっぱいだった。
五年前、私が十二の年に皇太子だった龍安様は父親である皇帝から帝位を継いだ。
三年前に皇妃を迎え、皇妃一筋なのだが周辺国が二十歳で帝位を継いだ龍安様を若さゆえに御せると思うのか王女たちを次々後宮へ入れ始めたので、現在の後宮は女同士の皇帝を巡る寵愛合戦でかなり殺伐としているという。
そんな話をなぜ皇宮にも後宮にも属さない私が知っているかと言えば、後宮内の警備担当であり、現在の皇帝の武官の側近にあたる武官長補佐の兄星宇がいるからである。
「梓涵、家は落ち着くね。梓涵もすごいと思っていたけれど、後宮の各国の王女たちって、ほんと怖い。精神的に疲れるよ。皇妃様も最近だいぶ気落ちしておいでで、どうしたものか……」
極太マッチョな兄、星宇の手でぐりぐりと撫でられた私の髪は現在鳥の巣になりそうだ。
それをたまたま目撃したうちのお手伝いの
「若様、姫様の髪は毎朝私たちが丁寧に手入れしているのです!雑に扱わないでくださいませ!姫様の婚活も、もうすぐなのですから!」
などと、大きな声で一喝する。
「露露、そんなに怒らないのよ。お父様に私より強い人じゃないと嫁ぎませんって言ったら、相手が見つかるわけがないって絶望していたから心配ないわ」
そんなすました調子の私の言葉に露露と星宇兄さまは顔を合わせて苦笑い。
「はぁ。姫様より強い方など旦那様か若様か、皇帝陛下しかおられないではないですか。皇帝陛下は既に皇妃様をお迎えですし……。姫様、ずっとここにおられるおつもりで?」
なんて露露には深いため息とともに言われてしまう。
別に、物理的に私より強い人と言う意味でもないのだけれどね……。
そこは黙っておいた方が得策。
すでに、私より精神的に強くて、頭の良い殿方で、好いた方は居るのだけれど武門家の筆頭であるうちとは真反対のお家柄だから。
想いだけは目いっぱいあるのだけれど、私では難しいのかなと思っていたりする。
兄とも仲が良く、文官部門で皇帝陛下を支える人。
知的で、うちの父や兄にないすらりとしていながら整った体躯と穏やかな雰囲気が素晴らしいと、一目で気に入ってしまったのよね……。
だって、身近の男性にはいないタイプだったのだもの。
しかも、初対面から優しくて、本当に素敵なのよ。
でも、きっとお兄さまと同い年のあの方から見れば私は妹なのかもしれないと、最近思ってもいて……。
さて、どうしたものかと思案に暮れているのだった。
そんな恋路に悩んでいる、お年頃といえる私の元に、大変珍しい人物が訪れた。
「久しいな、
兄、星宇とお忍び姿で我が家の鍛錬場に訪れたのは久しぶりにお会いする皇帝陛下、
武道場での鍛錬中にやって来た陛下を、私は配下であることを示す跪拝の礼を持って迎える。
「お久ぶりでございます、陛下。御健勝そうでなによりでございます。私も十七になりましたので、流石に大きくなりましたよ」
そんな私の返しにも成長を感じたのか、龍安様は微笑んで言った。
「しっかりと、大人になったと言った感じか。さすが
ニコッと笑ったその笑顔は、幼き日に兄星宇といたずらを企んでいた時より大人になっているのに表情の雰囲気はそっくりそのままだ。
どうやら、面白い話を持ってきてくれたらしいと私は内心でニンマリする。
表面上はなんでもないように、すまして見えるように表情を抑えて答える。
「あの頃でも、すでにそれなりに強い武官の相手ができたでしょうけれど。今だと父か兄しか練習相手になりませんので、日々は自己鍛錬ですよ」
私の返しに龍安様は、ニヤッと一気に悪だくみ顔を加速させた。
「そうか、そうか。それは上々。では、梓涵にお願いをしようか?」
陛下からのお願いだと結構大変そうだなと思いつつも、我が家は陛下をお支えする武官の筆頭家門だ。
陛下のお願いに否やなど言うわけがない。
「して、陛下のお願いとはなんでございましょう?」
私の問いに、陛下は言った。
「うむ。梓涵に貴妃となって後宮入りしてほしい」
………。はい?
私が陛下の後宮に貴妃として? え?情は情でも家族愛的なものしかないとお互い認識していますが? え? 違うの?
やや混乱した頭で、ずばりと聞いた。
「その内情は?」
私の返しに、陛下はニッコリいたずらっ子の微笑みで答えた。
「皇妃の後宮での護衛を頼みたい。そのための後宮入りだ。梓涵は妹だから奥さんにとは思っていない」
きっぱりとした陛下の言葉に、私は頭を下げて答えた。
「劉・梓涵。陛下の御心に従って皇妃様をお守りいたします」
私の迷いのない返事に、陛下はホッとした顔を見せた。
やはりことのほか、陛下は皇妃様が大切なご様子。
良き妃さまをお迎えなさったのが分かる光景だなと思う。
「あぁ、皇妃を守るには武官だけでは心もとなくなってしまったのだ。こうなった以上、今はそなたが頼りだ」
そんな陛下に私はニコッと笑って言った。
「お任せ下さいまし。昔の約束を果たしますので、陛下もお願いしますね?陛下の大切な方を守ったら私の好きな人との結婚の後押し。してくれるのですよね?」
私は十年前の約束を持ち出すと、陛下はちょっと驚いた顔をして言う。
「よく昔の約束を覚えていたな。断られたら、それを出そうと思っていたが、梓涵はしっかり覚えていたのだな。つまり、嫁ぎたい先があるのだな?」
その言葉にニコッと最上の笑みを浮かべてしっかり答えた。
「はい。なので、護衛が落ち着いた暁にはお願いいたします」
こうして、私の下心も満載な後宮入りが決まったのだった。