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02迷宮災害が発生

 翌日、未明のことだった。

 札幌近郊にある中規模ダンジョンで迷宮災害が発生。


 ダンジョンから溢れ出した大量のモンスターが、札幌に向かって進行中。

 現在、攻略者学校の生徒たちで民間人の避難を進めており攻略隊に緊急招集がかかった。


 札幌防衛作戦が決行されることになった。


 すぐに札幌の北端の高台に攻略者があつめられる、高台からモンスターの大群が迫ってきているのが見える……。


 数は目算で千……いや、もっといるかもしれない。

 あの数が札幌に到着したら甚大な被害が出る。

 しかも第一波でこれだ……ダンジョンそのものを叩かないとまだまだ第二波第三波と続くことになる。


「なあ主様よ、学生ってやつらは避難誘導で戦うのは攻略隊ってやつらなのだろう? 主様は学生なのではないのか」


「俺は学生であってるが、なんか何人か特別に参加要請がかかったんだ。里里とかも来てるらしいぞ」


「あの鎧娘か……、まあこの間の虫けら共よりはマシだな」


 集められた攻略者たちの中に、小さな竜のような戦闘ペットと話す男性の姿があった。


 乃本百一。

 少し前に攻略者学校に入った、本物の男だ。


 初めて見た……、あれが本物の男か。

 もっと大きいと思っていたけど……いや僕よりは大きいか。でもあのくらいの大きさなら稀に女でもいる。


 興味がある。

 前のダンジョン講習のライブ配信では戦っているところは見れなかった。


 本物の男がどれだけ男らしく戦うのか、見てみたい。


「いやあいつ年のわりに、結構やるけどな……つーかそろそろ動くぞ。第三形態だ」


「ああ、この私の相手には不足しかないが……久しぶり暴れてやるか」


 乃本は気だるげにそう言うと、小さな竜は堂々と返しながらぐんぐんと大きくなっていく。


 姿が変わるのか……? かなり珍しいタイプの戦闘ペットだ。

 小さな竜は、三メーター……いや背中や肩から伸びる筒のようなものも合わせたら全長六メーターはありそうだ。


「ヴィオラ、砲撃開始」


「了解するぞ、主様」


 マジッグバックから双眼鏡を取り出しながら乃本が言うと、竜は嬉しそうに返し。


 背中の筒から肌がひりつくほどの爆音と共に、何かを射出。


「弾ちゃぁ――――――く……、今ぁッ!」


 双眼鏡を覗く乃本が大きな声でそう言ったところで。


 迫り来るモンスター群の一部が、丸く光って消し飛ぶ。


 な……っ、なんだこれ。

 まるで大砲というか……とんでもない威力だ。


 でも、これって……。


「ほー、まあそれなりに減ったか」


「まだだ。次弾装填、二射目用意…………発射」


 竜の言葉に、乃本はそう返し。


 再び爆音。


「弾ちゃぁ――――――く……、今ぁッ!」


「言わねば気がすまんのか? それ」


 また大きな声でそう言うとモンスター群の一部が消しんで、竜は呆れるように言う。


 こんな攻撃を何度か繰り返し、モンスター群を遠距離から吹き飛ばしていく。


 …………凄まじいけど、なんか……卑怯だ。

 対峙せずに遠くから一方的に……痛みやリスクを伴わない攻撃は……男らしくない。


 男は正々堂々、逃げも隠れもしないもの……僕はそうやって育てられたしそうやって生きてきた。


 でも目の前の本物の男は……。


「……よしヴィオラ、第二形態だ。前に出るぞ」


「ふむ、まあこのまま消し飛ばすのも悪くはないが味気ないか」


 乃本がそう言うと竜は小さい姿に戻り、そのまま高台から駆け下りてモンスター群へと向かっていく。


「あ、ちょ……っ」


 僕は慌てて、追いかける。


 前線に出て迎え討つつもりか……なるほどそれは男らしい。

 見せてもらおうか、本物の男を。


 なんて期待したが、実際は。


 物陰に隠れて戦闘ペットの高速攻撃による不意打ち。

 注意を引いて他の攻略者に攻撃させたり。

 モンスター同士での相討ちを誘発したり。


 基本的に逃げて隠れて、立ち向かわない。


 嘘だろ……?

 いや流石にわかっている。これが合理的な方法だとわかっているし、まだ第二波第三波が想定される状況の中で怪我なんかしている場合じゃあない。


 冷静な動きだ、きっと正解なんだろう。


 でも……それでも。

 男は正々堂々、逃げてはならないものなんだろ?

 痛みにも恐怖にも立ち向かっていくことなんだろ?


 内股になる度に叩かれた。

 ブラジャーも買って貰えなかった。

 スカートも履かせて貰えなかった。

 もちろんメイクもさせてもらえないし。

 眉毛の手入れすら、最近覚えた。

 筋肉痛で動けなくなってもビッグミットを叩き続け。

 ふらふらになっても投げられて。

 箸が持てなくなるほど小手を打たれて。

 こっそり読んでた少女漫画は燃やされて。

 何より隠していたことを責められた。

 弱音や言い訳は禁止されていた。

 泣いたりすることも許されなかった。

 エスメラルダが丸くて可愛いと思っても言えなかった。

 馬鹿にされて、どれだけ辛くても、涙はエスメラルダに溶かした。


 全ては男になるために、この国から消えた男として生きるために。


 僕の中の乙女を押し殺し続けてきたんだ。


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