僕、
日々、日本をモンスターどもの魔の手から救い出すためにダンジョン攻略を行っている。
「勇往邁進ッ! エスメラルダ‼ さあ行くぞっ!」
僕は男らしく、戦闘ペットのエスメラルダを召喚してモンスターへと猛々しく立ち向かっていく。
エスメラルダはスライム。
全長は僕とほとんど変わらない、葉に乗る朝露の雫のように、大きく丸く美しく澄んだ翡翠色。
柔軟で打撃や斬撃にも強い、ほとんど水分なので炎にも強い。
だが、攻撃力には乏しい。傷つけることを好まない、優しい子だ。
故に、基本的な攻撃は僕が担当する。
幼少から空手と柔道と剣道をやってきた。
どんな時でも男らしく。正々堂々と真正面から立ち向かう。
それが僕だ、僕はこれで出来ている。
「はぁああああああああああぁ――――――――ッ‼」
雄叫びを上げ、僕はモンスターへと中段突きを放った。
「――――……あれ? 乱丸は?」
攻略を終えて仲間の一人が尋ねる。
「ほら、
やや半笑いで、もう一人の仲間は僕を指して返す。
「あ、また? なにやってんだか……」
仲間は呆れるように僕を見て言う。
「じんぱいぼむようっ! ぼぶばだいぼうぶば! (心配ご無用っ! 僕は大丈夫さ!)」
僕はエスメラルダの中から男らしく応えてみせる。
あのまま僕はモンスターに囲まれて、わりとボッコボコに負けて怪我をした。
エスメラルダの最大の特長は、
身体の中に入ると治癒力を上げて怪我を溶かして消し去るように綺麗に治してしまう。
骨折や内臓損傷でも治せるし、直接酸素を身体に送り込んでくれるので溺れたりもしない。
「はいはい、私らもう帰るから」
「おつかれー」
仲間たちは僕に向けてそう言った。
僕は仲間たちに向けて笑顔で手を振って見送った。
これが僕の日常。
男らしく、男は逃げない、強くなくてはならない。
その理念通りにいつも無茶しては成功して……その三倍以上失敗している。
だから仲間から笑われ、呆れられている。
ついた異名は『雑魚王子』だ、甚だ不名誉ではあるが王子の部分は悪くない。
この程度で僕は落ち込まない、男はへこたれたりなんてしないから。
だから僕もへこたれない、へこたれることは出来ない。
「…………ふー、ただいまっと」
僕は自宅へと戻り、一人そう呟く。
さっさと着替えてビールの缶を開けて、ゲーム機を起動する。
タイトルは【ノンプリンス☆ノンプリンセス:NovaⅡ〜君を幸せにする為の恋をする〜】だ。
いわゆる
日本がこうなってからこの手の娯楽はほとんど新作が出ていない、ノンプリシリーズも何周もしている。
これが僕の趣味だ、他には少女漫画とか男性声優のキャラクターソングとかラジオアーカイブも好む。
人には言えない趣味……。
いや、別に一般的に問題のある趣味じゃあない立派なものだと思う。僕には言えない趣味ってだけだ。
僕は喜怒家の
喜怒家は地元では一応名家として扱われている、良くも悪くも古い家だ。
元々は男系で血を絶やさず長男が家を継いできたが……三十年近く前から続く女体化症候群によってそれが絶えることになった。
僕は、父上が女体化症候群にかかる前に何かあった時の為に凍結保存していた精子を用いて人工授精し、それでも女体化症候群の影響下で当然のように生まれた女児だった。
それでも男系にこだわった喜怒家は、僕を男として育てることにした。
親から日に三度は「男らしくあれ」と言われて育った、髪も伸ばしたこともないしスカートも履いたこともない。
生物学的に女の僕が男として生きるには、より男らしくある必要があった。
男とは強いもの、だから空手と柔道に剣道、ふんどし一丁で滝に打たれたこともあった。
この女子率99.999パーセントの世界で確かに男は必要であることは承知している、実際自分のように男として生きている人間は少ないが珍しくない。
でも本当は乙女ゲーとか少女漫画が大好きだ。
僕が乙女でいていいのは、ゲームの中だけだから。
「…………寝るか」
僕はノンプリ:NovaⅡのエンディングを見ながらそう呟いた。