俺、佐々崎トオルは攻略者学校の教員だ。
年は五十七……一昔前なら還暦間際、ちゃんとじじいに……いやばばあになった。
三十年近く前、女体化症候群による男性の大量死を俺は生きのびた。生きのびてしまった。
女体化症候群によって女になった男は、かなりの確率で精神に異常をきたす。
そりゃそうだ。突然女になったら気だって狂う、身体がおかしくなってんだから頭がおかしくなったっておかしくない。だからまともに教職なんてものについているのは珍しい。
幸いなことに俺は当時それどころじゃあないほどやることがあったから、狂ってる暇なんかなかっただけだ。
冷静に乳房縮小手術と子宮全摘手術を受けて、ただひたすらに迷宮災害から国民を守るために尽力した。
そう、俺は自衛官だった。
まあ……この辺は別にどうでもいい。今は違うわけだしな。今は教師、その話をするべきだ。
俺は一年生の担任をしている。
攻略者学校は、全校生徒合わせても百人ちょっと。
そもそも子供の数が少ない中で、さらに攻略者を目指そうと考える子供は少なくはないが多くはない。当然、一学年一クラスとなる。
一年生ではダンジョン攻略における基礎の基礎である知識や体力作りを主に行っている。
自衛隊時代に馬鹿ほど走ったり跳んだり這ったりしてたのを生徒にやらせてるだけだ。実際これが一番効率良く体力がつく。
正直、この攻略者や攻略隊は申し訳ないが練度が足りていない。
もっと作戦行動を前提とした野戦や行軍訓練を増やしたいが、いうてもまだ学生なので十五の少女たちに求められる訓練量は限られる。
それに、全員が同じ装備や武器を使うわけではない。戦闘ペットの特性は多岐にわたるため、これがセオリーという戦術を深堀する訓練を組みづらい。
さらに慢性的な人手不足、攻略者学校卒業後にはすぐに攻略隊に入隊しダンジョンに潜り実務を行うため一番本格的な訓練が行えるタイミングでの訓練量が足りていない。
そもそも攻略者は戦闘ペットを用いてモンスターと戦う力を持っていただけの民間人。
そんな民間人たちに、女体化症候群蔓延により自衛隊も警察も機能しなくなったことで迷宮災害対策として頼るしかなくなったことから生まれた組織だ。
苦肉の策で暫定的に与えた権限がそのまま残っただけの、素人集団だ。
流石に政府も女体化症候群で生き残った自衛隊員やら警察特殊部隊も合流させて、なんとか組織としての形は出来たが……それでも根っこのところで
精神論とか根性論とかそういうことじゃあなくて……なんだろうな愛国心……いや違う。
後悔と自責。
ダンジョンだとかモンスターだとか、わけのわからねえもんに日本を無茶苦茶にされた、怒り。
俺は多分、これで生きてきた。
おかげさまで生徒にも好かれてない。
閑話休題。
いつものように生徒たちを走らせて走らせて走らせて吐かせていた日々の中で。
二学年のAランク攻略者の向水ミライが、一人の戦闘ペット持ちの中途入学を申し出てきた。
乃本百一。
まさかまさかの男だった。
しかもかなり若い、見た目は十代後半から二十歳そこそこくらい。
千歳ダンジョンで三十年間迷い続けていた自衛隊員を自称していて、人語を解する戦闘ペットを所持しているとのこと。
荒唐無稽な話でしかない。
普段ならこんな話、例え向水ミライからの報告でも与太話と判断して説教だ。
だが、俺は……乃本百一という名前を知っていた。
かつて、日本にダンジョンが出現しまだ危険性などを調査している段階の頃に陸自で発足された作戦群に乃本百一は所属していた。
そして迷宮災害が起こり、モンスターによる被害が出始めたところで迷宮作戦群はダンジョン内部へ進行し消滅させることを試みた。
選ばれたのは千歳ダンジョン。
千歳駐屯地からも距離が近く、まだ迷宮災害が起こっておらず迷宮作戦群によるダンジョン消滅作戦が有用であるかどうかの試験運用の意味もあった。
ここで迷宮作戦群の有用性や有効な対策法を確立させて、全国の迷宮災害を終わらせる足掛かりとするはずだった。
しかし、千歳ダンジョンは広大すぎた。
そして苛烈だった。
今でこそ、探索の成果で百五十階層以上に続くというところと百階層以降には脅威ランクが壊災級以上のモンスターしか出現せず当たり前のように滅災級が蔓延りボスは恐らく絶災級であるってことまで把握と推測が行われているが。
当時はこの千歳ダンジョンが、大規模ダンジョンだとは誰も何も知らなかったのだ。