青函トンネル内でモンスターが道を塞いでいた。
亀型のモンスターで大きさは全幅四メーターほど、推定は猛災級くらいかな。
モンスターは酸のような霧を噴霧しており、接近が困難とのこと。
青函トンネルは札幌と本土を繋ぐ重要なラインのため定期的に管理が行われているが、どうにも最近モンスターが侵入したらしい。
しかも北海道ではあまり見ないタイプ、おそらく青森側から侵入したと思われる。
酸は人体というか生物を溶かす効果があり、無機物には反応せずトンネル自体は無事なのは不幸中の幸いではあるけど……。
「ヴィオラの第二形態や第三形態なら討伐自体は容易だが、トンネルに影響が出る。俺もダンジョン内なら突っ切るんだが、ちょっと外だとありゃあ難しいな」
百一は喜怒さんの戦闘ペットであるスライムのエスメラルダに左手を
まあ確かに……ヴィオラなら余裕だろうけど青函トンネル自体も余裕で吹き飛ばせる。
うし太郎も酸とか毒とかはかなり苦手だし、霧の範囲外から棒ヤスリ射出でも一撃で決めきれなければ暴れ出してトンネルに影響が出るかもしれない。
「札幌の攻略隊には青函トンネル管理担当がいるから、そっちに状況を伝えて対応してもらいましょう。有効な防護服なんかの準備も必要だし、トンネルの構造や強度を考えた討伐作戦が出来ると思う」
私は状況を把握し、建設的な提案を述べる。
正直、私たちが下手なことして青函トンネルに悪影響を及ぼしても嫌だし。
防護服とか拘束具とか高威力の遠距離武器とかを持ってきてもらって、確実に討伐を――。
「いや……
私の提案を完全に無視して百一はとんでもない方向に話を進める。
「な……っ! 危険すぎるわよ‼ 単独での討伐って……里々ちゃん一年生なのよ? 安全性の確保には追加人員は必須の状況よ!」
私は百一にごく当然な意見をぶつける。
でも私も言いながら、この手のリスクヘッジをこの乃本百一がわかってないわけがないと思っていた。
つまりこの馬鹿はマジで言ってるってこと、そりゃ私もマジにならざるを得ない。
「安全なんかねえだろ、俺たちは災害作戦任務中だぞ」
熱くなる私とは対照的に冷静な口調で百一は返す。
「わかってるわよ馬鹿! だからこそしっかりと可能な限りの安全性を――」
「確かに、臨機応変に人員を召集するのは大事だ。しかし現存戦力で突破可能な脅威に人員を召集することは、人員稼働としてもこちらの待機時間としても無駄でしかない」
私の言葉を遮るように、百一は語り始める。
「災害作戦は迅速な対応が求められる中で、もう日本は三十年食われてんだ。この程度の脅威は現存戦力で突破する」
内側に焦げ付くような熱を隠して、百一は努めて穏やかに続け。
「里里なら可能だと判断した。それに安心しろ、何があっても俺が守る」
笑顔で百一は里々ちゃんにそう言ってのけた。
こいつ……、また堂々と……。
別に百一やヴィオラの実力を疑っているわけじゃあない。多分この程度の障害は攻略するうちにも入らないだろう。
でも、攻略に絶対はない。
こないだの中規模攻略みたいに攻めるべき場面で引くのは良くないことだけど、基本的には安全を優先すべきだと思う。
まあ百一の言いたいこともわかる。
正直、状況でいえばモンスター一体に道を塞がれているだけで作戦の進行が止まっているわけで。
今回は攻略隊から追加人員を要請して突破したとして、今後もそうやってやってく気なのかって話でもある。
まだギリギリ道内だから攻略隊も駆けつけられるけど、今後また何かの障害にぶつかる度呼び出すのは無理がある。
それはもうこのパーティ……迷宮攻略分隊が機能していないことになる。
独立した遠征パーティなのであれば、トラブルはパーティで解決するべき……なのもわかってはいるんだけど――――。
「わかりました……私がやります」
私の思考をぶった斬るように、里々ちゃんは力強くそう言った。
「里々ちゃんっ⁉」
私は里々ちゃんの返事にマヌケな声を上げてしまう。
「一回試してみるだけでも……と、危険ならちゃんと撤退します。その際には攻略隊への要請をお願いいたしますわ」
里々ちゃんは目から決意を漏らしながら、端的にそう言った。
……まあ本人がそういうのなら、一旦飲むしかない。
最悪、青函トンネルの外へと誘き出してくれるだけでも選択肢が広がる。
そうなれば多少暴れられてもトンネルに影響は出ない。私とうし太郎で中遠距離から棒ヤスリや石を投げて討伐可能だ。
酸の霧は百一の爛れた左手を見る限り、かなり強力だ。
リビングアーマーを纏えば守り切れるものなのだろうか……まあそこは里々ちゃんの判断に任せるしかない。
「六花! 着装合体! リリリビング・アーマードッ‼」
里々ちゃんは青函トンネル入口で、リビングアーマーの六花を召喚して身に纏う。