「人は走った分だけ強くなる……なんて単純なもんじゃあねえが、体力や筋力や身体操作は徹底した反復でしか身につかない」
百一はそんな一般論を語ってから。
「里里の実力と自己評価はとっくに逆転している」
里々ちゃんに対する評価を述べた。
「必要なのは成功体験、それと過不足のない自己評価だ」
そして、里々ちゃんに必要なものを提示した。
高評価だ。
まあ実際、里々ちゃんの実力は一年生のそれではない。
滅災級ボスモンスターの討伐戦で、ヤマタノオロチ型の頭を一つ落とすのは常軌を逸している。
でもきっと、里々ちゃんは納得していない。
私が二つ落としたことや、百一とヴィオラで四つ落としたことや、サポート要員たちだけで一つ落とせていることにフィーチャーして一年生での単騎戦闘による成果を自覚できていないのだろう。
むしろ、お膳立てして貰ったくらいに考えていそうだ。それは確かに自己評価を低く見積もり過ぎている。
「いや全然脆弱だがな、雑魚という自覚があるのは虫としてはかなり上等じゃないか? あれだ『かぶとむし』だ。こないだ本で見たぞ」
ヴィオラは気だるそうに、百一の背中から辛辣なことを述べる。
というか勉強しているの……? 戦闘ペットが能動的に読書を……? 本当に知性が人間と遜色ないわね。
「おまえは自己評価以外を更新しろ馬鹿。確かにおまえが最強なのは揺るがないが、おまえが強すぎるだけだ。何より勝敗や遂行において強さは重要な要素ではあるが、決して絶対じゃあない。じゃなきゃ俺はおまえに勝てなかった」
呆れるように百一はヴィオラを窘める。
強さは重要、でも絶対じゃない。
確かにその通り、攻略に必要なのは強さだけじゃなくて作戦や勇気だったり……ん?
待って今、勝ったって言った?
百一は推定、大規模ダンジョン最下層の絶災級ボスのヴィオラに……勝つ……? 戦闘ペットもない人間が一人で……?
まさか……大規模ダンジョンを単独攻略したってこと……? それってもうSランクとかそんな話ですら――――。
「――――! 何か出てくる!」
私の思考を遮るように、暗木さんが声を上げる。
一瞬で考えていたことを振り払って、緊張感を身体に巡らす。
切り替えた。
青函トンネルからゆっくりと出てきた大きな亀のようなモンスターの姿に全員が身構える。
「待て……ありゃあ大丈夫だ」
百一はモンスターの様子を見て、警戒を解きながらそう言ったところで。
モンスターが浮き上がり、見えたお腹から。
鈍く光る、鎧甲冑。
「無事討伐完了いたしましたわ。酸の霧以外は特に攻撃手段が無かったようです。線路上に残すと邪魔なので、持ってきました……けど」
モンスターを担いで持ち上げながら、里々ちゃんはあっけらかんと述べる。
「だ、大丈夫? 怪我してない?」
慌てて駆け寄って私は里々ちゃんに問う。
「ええ、問題ありませっ…………ん。多分酸の霧さえ防げたら、大した驚異ではありませんでした。しっかりとした防護服さえあれば向水先輩ならもっと容易く討伐していたと思いますよ」
担いでいたモンスターを投げ捨てて、着装していた六花をパージして無傷な姿を見せながら里々ちゃんは答える。
いや……まあそりゃそもそも防護服があったら百一一人でなんとかしてるわけで。
今、この瞬間においてだけいうのなら里々ちゃんは、乃本百一を超えた成果を上げたことになる。
それはまだ私が成し遂げたことのないことだ。
「里々ちゃん、あなた……もっと驕り高ぶっていいわよ」
私は素直に、心からの言葉を里々ちゃんへと向けると。
「ふふ、そんなことしてる暇あったら私は走りますよ」
大きな胸を張って揺らしながら、堂々と里々ちゃんはそう言ってのけた。
ここから私たちは青函トンネルを抜けて、本土……青森へと上陸し東北を抜けて仙台を目指す。