「凄まじいですね……こんなものがあるんですか」
自分の変化に驚きながら里里が漏らす。
「まあ俺が考えたわけじゃねえが、元々これは中国武術の流れにある基礎的で極意的なものなんだ。本来は気の遠くなるような長い修練で辿り着くものだが、この部分だけを一般普及させようとしたのがこれだ。自己調整もかなり簡単にできる、ストレッチみたいな感覚で習慣化させりゃいい」
淡々とそう語りつつ、乃本は里里をさらに少し動かして押すと里里がふらつく。
解除もできるのか……、こんなに変わるものなんだな。
「とりあえずこれを身につけるのと併走して動かし方だな、受け身で合気的な力の流れの感じ方を身につけて流れのままに途切れず居着かずに動くことを覚えたら当て身もその流れの中で出るようになる」
くるりと手の内を返しながら乃本は、さらに里里への稽古内容を告げ。
「はい!」
里里は良い返事をする。
けど……。
「乃本おまえ、なかなか地味な稽古を……もう少し技とか……ほらおまえが使う発勁とか教えてやれよ」
僕は小さな声で、乃本へと言う。
確かに自己調整とやらの効果は凄まじいし、受け身も大事なのはわかるが地味すぎる。
せっかく必殺パンチでモンスターを蹂躙して、史上最速でAランク攻略者になった乃本から教わるのならそういう必殺技が知りたいだろう。
「俺の発勁は素手でモンスターに対抗するために引き出しの中にあった一番有用な技術を対モンスター用に伸ばしたに過ぎない。里里の着装合体は十分モンスターに通る火力を有しているから、発勁の優先度はそれほど高くない」
さもありなんと乃本は僕の言葉に返す。
「そのうち教えてもいいが、それよりもっと基礎的な部分からの底上げをした方が良い。着装合体が里里の身体能力を十倍にするんなら、元を強くする方が効果的だ」
淡々と里里に合わせた回答をして。
「モンスター討伐はパターン知識と応用だからな、技なんてのは状況に即した行動に過ぎない。重要なのは基礎的な身体能力と身体操作、情報から想定する想像力、そして遂行する精神だ。技術なんてものは否が応でも後から着いてくる」
さらりと攻略者としての極意のようなことをいってのけた。
こいつ……学生だよな? しかも一年生。
なんか年齢は十五、六じゃあないらしいけど……どんな経験値なんだ。
まるで何十年もモンスターと戦ってたみたいな……。
まあ一旦それは今は良いとして。
「よし、受け身やるんなら僕が投げるぞ。一応柔道も黒帯だからな、付き合うぞ」
僕は里里にそう申し出る。
受け身は一人でやるより、投げてくれる人がいた方が稽古しやすい。投げられることで投げ方もわかるし、自分がどう動かされようとしているのかも感じやすくなる。
協力させてもらおう。
「ありがとうございます。是非ともよろしくお願いします」
里里は笑顔で僕に感謝を述べる。
ガッツあるなー。僕は絶対一人じゃ努力とか出来ないから素直に尊敬できる。
「とりあえず先にがっつり調整して、自己調整のやり方を教えてからだな。ちょっと縞島の運転譲渡関係で、二日くらいここに留まるからその間に自己鍛錬方法を共有する」
そんな様子を見てそう言って、乃本は僕らに自己調整と受け身のやり方を教えてくれた。
この日はとりあえずやり方だけ。
明日は丸一日ここに留まるわけだから、とりあえず教わったことを二人で試すことにした。
次の日。
「よし、受け身の稽古だ! 畳がないから危ないので、とりあえずゆっくりやるぞ! 怪我したらすぐに言えよ! エスメラルダを出すからな!」
朝食をとった僕らは、さっそく稽古を行うことにした。
ちなみに向水と暗木は見張り番の順番が遅かったのでまだ寝ていて、乃本と縞島はダビンチの運転譲渡を試行錯誤中だ。
「はい! よろしくお願いします‼」
里里は元気よく、返事をする。
ちなみに里里は朝飯前に十キロ近いランニングと、筋トレを済ましている。元気すぎる。
そして稽古開始。
昨日教わった自己調整を二人で行って、しっかり効いていることを確認して受け身の稽古へ。
僕が襟首を掴んで、ゆっくりと投げる。
その力のままに里里がゆっくりと受け身を取る。
ゆっくりと安全な着地を目指し、力の流れの終着点を感じる稽古。
少しずつ投げの勢いを強くしたり、方向を変えたりして順調に稽古を続けた。
しかし。