目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第33話  森下さんと高橋くんの場合

梅雨の午後、雨が激しく降り始めた。大学生の高橋蓮たかはしれんは、傘を持たずに出かけてしまったことを後悔していた。講義が終わり、建物の入り口で雨宿りをしながら、空を見上げてため息をついた。


「困ったな...」


そんな時、隣で同じように雨を見つめている女性に気づいた。ショートカットの髪に、少し困ったような表情を浮かべている。


「傘、お忘れですか?」


蓮が声をかけると、女性は振り返った。


「あ、はい。まさかこんなに降るとは思わなくて」


「僕もです。一緒に雨宿りしませんか?」


女性は微笑んで頷いた。


「ありがとうございます。私、心理学科の森下あかりです」


「経済学科の高橋蓮です。よろしくお願いします」


二人は並んで雨を見つめた。激しい雨音が、なぜか心地よく感じられた。


「雨って、嫌いじゃないんです」

あかりがぽつりと言った。


「そうですか?」


「はい。なんだか、時間がゆっくり流れる感じがして」


蓮はあかりの横顔を見つめた。雨に濡れた髪から滴る水滴が、とても美しく見えた。


「僕も同感です。特に、今日みたいに」


あかりは蓮の方を向いた。二人の目が合う。


「今日みたいに?」


「あ...えっと...」

蓮は慌てて視線を逸らした。

「一人じゃないから、退屈しないなって」


あかりは小さく笑った。


「そうですね。一人だったら、きっと憂鬱になってたかも」




雨が止んだ後、二人は別れた。しかし、それから数日後、蓮は学食であかりを見かけた。一人でサラダを食べている姿を見て、蓮は迷った。


(声をかけるべきか...でも、迷惑かもしれない)


そんな時、あかりが顔を上げて蓮に気づいた。


「あ、高橋さん!」


あかりは手を振って蓮を呼んだ。蓮は安堵の表情を浮かべて近づいた。


「こんにちは。一人ですか?」


「はい。高橋さんも?」


「僕もです。よろしければ、一緒に食べませんか?」


「ぜひ」


蓮はあかりの向かいに座った。


「あの日から、雨の日が好きになりました」

あかりが言った。


「僕もです」

蓮は微笑んだ。

「不思議ですね」


「何が?」


「偶然って。もしあの日、雨が降らなかったら、僕たちは出会わなかったかもしれない」


あかりは考えるような表情になった。


「でも、きっと別の場所で出会ってたと思います」


「どうしてそう思うんですか?」


「なんとなく。運命的な出会いって、きっとそういうものじゃないですか?」


蓮は心臓がドキドキするのを感じた。


「運命...ですか」


「信じませんか?」


「今は...信じたいです」


二人は見つめ合った。学食の喧騒が、遠くに聞こえた。



それから二人は、よく一緒に過ごすようになった。講義の合間にカフェで会ったり、図書館で勉強したり。


ある日、あかりが蓮に提案した。


「今度の休日、一緒に映画を見ませんか?」


「映画ですか?」


「はい。新作の恋愛映画なんですけど...」


蓮は少し照れながら答えた。


「はい、ぜひ」


休日、二人は映画館で待ち合わせた。あかりは普段とは違う、白いワンピースを着ていた。


「素敵ですね」

蓮が言うと、あかりは頬を染めた。


「ありがとうございます」


映画を見ている間、蓮はあかりの横顔をちらちらと見つめていた。暗闇の中で、彼女の表情が時々変わるのが分かった。


映画が終わり、二人はカフェに入った。


「どうでしたか?」

あかりが聞いた。


「良かったですね。主人公の気持ち、すごく分かりました」


「どの部分が?」


蓮は少し考えてから答えた。


「大切な人を失いたくないっていう気持ち」


あかりは驚いたような表情になった。


「高橋さんにも、そういう人がいるんですか?」


蓮は真剣な表情であかりを見つめた。


「...はい。最近、できました」


「そうなんですか...」

あかりの声が小さくなった。


「あかりさんは?」


「私も...います」


その言葉に、蓮の心は沈んだ。


「そうですか...」


「はい。でも、まだその人に気持ちを伝えられずにいます」


「どうしてですか?」


「怖いから。もし嫌われたら、今の関係も失ってしまうような気がして」


蓮は胸が締め付けられるような思いがした。



桜の季節が訪れた。大学のキャンパスは薄ピンクの花びらで埋め尽くされていた。蓮とあかりは、いつものように一緒に歩いていた。


「綺麗ですね」

あかりが桜を見上げて言った。


「そうですね」

蓮も空を見上げる。


「高橋さん」


「はい?」


「あの日、カフェで話した『大切な人』のこと、もう少し聞かせてもらえませんか?」


蓮は立ち止まった。あかりも歩みを止める。


「どうして急に?」


「その人に、ちゃんと気持ちを伝えた方がいいと思うんです」


「あかりさんこそ、その人に気持ちを伝えるべきです」


二人は向き合って立った。桜の花びらが、風に舞って二人の間を通り過ぎていく。


「実は...」

あかりが口を開いた。

「私の大切な人って...」


「僕もです」

蓮が遮った。

「僕の大切な人は...あかりさんです」


あかりの目が大きく見開かれた。


「え...」


「あの雨の日から、ずっと考えていました。あかりさんと過ごす時間が、僕にとって一番大切な時間だって」


あかりの目に涙が浮かんだ。


「私も...私も高橋さんのことが...」


「本当ですか?」


「はい」

あかりは涙を拭いながら微笑んだ。

「ずっと伝えたかったんです」


蓮は安堵の表情を浮かべた。


「良かった...」


「何が?」


「僕たちの気持ちが、同じだったから」


桜の花びらが、二人の周りを舞い踊った。




一年後、同じ桜の木の下で、蓮とあかりは手を繋いで歩いていた。


「あの日のこと、覚えてる?」

あかりが聞いた。


「もちろん。一生忘れられません」


「雨の日の出会いから、ちょうど一年ね」


「そうですね。今でも雨の日が好きです」


「私も。でも今は、晴れの日も雨の日も、蓮がいれば毎日が特別」


蓮は立ち止まって、あかりの手を両手で包んだ。


「あかり」


「何?」


「ありがとう。僕の人生を、こんなに幸せにしてくれて」


あかりは微笑んで、蓮の頬に手を添えた。


「こちらこそ。蓮と出会えて、本当に良かった」


二人は見つめ合った。桜の花びらが、またも二人の間を舞い踊る。


今度は、迷いも恥ずかしさもなく、自然に唇を重ねた。


春の陽だまりの中で、二人の新しい季節が始まった。




その後、大学生活は充実したものとなり、講義やサークル活動、友人との時間を共に過ごすことで、蓮とあかりの絆はさらに深まっていった。彼らはお互いの夢を応援し合い、時には喧嘩をしながらも、いつもお互いを思いやることを忘れなかった。


ある日、あかりが蓮に提案した。


「ねえ、夏休みに旅行に行きませんか?」


「旅行?どこへ行きたいの?」

と蓮が尋ねると、あかりは明るい表情で考えを巡らせた。


「海が見たいな。リゾート地に行けたら最高!」


蓮はしばらく考えた後、微笑んで答えた。

「いいね、僕も海が好きだし、二人で行けたら楽しいだろうね。」


こうして二人は旅行の計画を立て、夏が近づくにつれ、彼らの期待も高まっていった。


やがて夏休みの日がやってきた。二人は海辺のリゾート地に到着し、青い海と白い砂浜を前に笑顔がこぼれた。あかりは砂浜を駆け回り、蓮もその後を追った。


「楽しいね!」

あかりの声が響く。


「本当に!」

蓮も嬉しそうに応えた。しかし、あかりがふと立ち止まり、何かを考える表情を浮かべた。


「ねえ、蓮。私、以前大切な人について話したことあったでしょ?あの人とは、これからどうなるのかなって。でも、今は蓮といることが一番幸せで。」


蓮はそれを聞いて心が温かくなった。

「あかり、僕も同じ気持ちだよ。君と過ごす時間が特別で、未来を一緒に考えられることが嬉しい。」


あかりは目を輝かせて微笑んだ。

「本当に?」


「もちろんさ。君がいるから、未来が楽しみになるんだ。」


そして二人は、今の幸せを噛みしめながら、海辺での素敵な思い出を作り続けた。


日が暮れる頃、蓮は海岸のベンチであかりに向かって言った。

「あかり、これからもっと一緒にいたい。旅行が終わった後も、ずっと。」


あかりは顔を赤らめながら頷いた。

「私も!蓮と一緒に未来を作っていきたい。」


それから数年後、二人はお互いの夢を応援し合いながら、就職活動を始め、少しずつ社会人としての道を歩み始めた。どんな困難にも寄り添い、支え合う姿勢が確かなものになっていた。


ある日、蓮があかりをデートに誘った特別なレストランで、食事を終えた後に立ち上がり、彼女の手を優しく引き寄せた。


「今日は特別な日だと思って、この場所を選んだ。あかり、僕は君に大切なことを伝えたいんだ。」


あかりはドキドキしながら彼を見つめた。蓮は緊張しながらも、心の中の思いを伝えた。

「これからもずっと一緒にいてほしい。結婚しよう。」


あかりの目が驚きに満ちて、そして喜びで輝いた。

「本当に?私もずっと君と一緒にいたいと思ってた!」


蓮は安心したように笑顔で頷き、二人はその瞬間をお互いに抱きしめ合った。周囲の祝いの声に囲まれながら、二人の新たな物語が始まる。


結婚式の日、桜の花が舞い散る中、愛に満ちた誓いを交わし、彼らの未来が描かれる。


雨の日の出会いから始まった物語は、たくさんの幸せを運んでくれた。そして彼らは、これからも手を繋ぎながら、歩んでいくのだった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?