「順調だな」
茶を片手に旗艦の司令官席にて、エフタル・ソル・サラムは早々にエンドール星域へと進撃していた。
速攻を得意とする彼は、掃討戦を兄と弟たちに任せてヴァラール星域と向かい、勢いに乗ることで瞬く間に制圧してしまったのであった。
「まさか、自分の手でこのパターンを実行する羽目になるとはな」
厳つい見た目に反して、サラムはミスリル軍の中でも軍略家で有名であり、宇宙艦隊に所属してからは様々な戦術や戦略を弟のイラムと共に練っていた。
今回の反乱において、実行された作戦の数々はサラムが大筋を考えたものであり、それをイラムが修正をしながらレスタルとエフタル公がチェックし、実行されていたのである。
今回の戦略においても、もし国内にて反乱が起きた場合を想定して策定した。
外壁でありながら、ミスリル王国一の工業地帯を抱えるミドルアースにて反乱が起きた場合、どのように対処するか。
鎮圧する側の立場で考えたものであるが、それをまさか
実際、この戦略自体は大半の貴族たちからは馬鹿にされており、作った時にはエフタル公は反乱を起こすつもりですか?と揶揄された。
だが、国外を向ければ多くの国家で内乱が発生しており、他国の介入が起きている以上、反乱を起こさせないとともに、万が一反乱が起きたとしてもたやすく鎮圧できるようにすることをサラムは、兄レスタルと共に首脳部へと訴えていた。
父は無論のこと、ザーブル元帥も賛同はしてくれたが、ムダートやトラストら、諸侯枠の元帥やその取り巻きは歯牙にもかけず、鼻で笑っていた。
「今頃、トールキンの連中はどう思っているのかね」
皮肉を口にしたくなるが、現実を突きつけられた時に彼らがどんな顔をするのか、サラムは見てやりたいという気持ちもあった。
彼らは一軍人である自分にすら見えていることが見えていない。
ミスリル王国と親しくしていたはずのハザール大公国ですら、ブリックスに対抗しようとして失敗し、宰相すらブリックスに選ばれ傀儡国家になるほど落ちぶれてしまった。
アヴァールなどは大公国でありながら、八王国のマクベスとベネディアの争いの仲介役となった。
更に、マクベス軍のロルバンディア侵攻の時などは、第四王子であるアウルスをブリックスと共に新しいロルバンディア大公として承認し、マクベスをけん制するというえげつない外交を行っている。
ブリックスとアヴァール、マクベスとベネディア、枢軸国はこの四大国が全てを牛耳っている。
さらに今ではアウルス率いるロルバンディアが、この四大国の間に入り込もうとしていた。
連合でも独自の動きがあるというが、枢軸国ではこれらの大国により牛耳られ、帝国もその意を無視することはできない状況になりつつある。
本来ならば、安定した財源と精強なる宇宙艦隊を持ったミスリル王国も、この四大国と共に覇を競うことができたはずであった。
ファルスト公が生きていれば、間違いなくミスリル王国はブリックスやアヴァールには対抗できるだけの力を持った大国となれただろう。
それだけにサラムとしても、それを木っ端みじんに破綻させたディッセル侯とアレックスのことを嫌悪していた。
「閣下」
部下から声を掛けられ、サラムはティーカップを置いた。
「どうした?」
「偵察隊からのリンクが途絶えました。現在我々はエンドールの中間地帯にいるのですが、この辺りには特に兵力は存在しないはずなのですが」
部下からの報告にサラムは口元に手をあてる。
「偵察隊からの報告はいつから途絶えている?」
「三十分程前です。定時連絡が途絶えてからの時間でありますが」
「全艦急速回頭、最大船速でヴァラール星域へ撤退する」
サラムは素早く艦隊に指令を下す。
「閣下、我々の目的はエンドールの制圧のはずでは?」
「それどころではなくなった。エンドールに固執すれば全てを失うぞ」
いまだにピンとこない部下をしり目に艦隊はサラムの命令通りに急速回頭を開始する。
慣性制御が追い付かなかったのか、部下は急なGに転げそうになるが、手すりにつかまり姿勢を保つ。
「閣下、我々の目的をお忘れですか?」
「わかっとる。だが、予定が変わった。今すぐ父上と兄上に連絡しろ!」
偵察隊との通信が途絶し、こちらからの発信にも応じない。
単なる通信途絶の可能性が高く、早計で拙速な判断と思う。
しかし、それは一人の提督の存在を考慮しなかった話だ。
「ザーブル元帥率いる艦隊がやってきたとな。それだけでいい」
かくして、連戦連勝を続けてきたエフタル軍は、初めて撤退戦を始めたのであった。
*****
「エンドールからは撤退したか」
決して居心地のいいとはいえない司令官席に腰かけ、ザーブル・ウル・ローウェン元帥は敵将を褒めたくなる気持ちと、殲滅できなかった事実に何とも言えない気持ちとなった。
「意外に憶病なのですな。エフタル家の
やや馬鹿にするように、痩せぎすの銀髪の中将位を持つ男がそう言った。
「いや、ここは素直に評価するべきだろうな。奴は私の手の内を知っているからな」
ザーブルは現在、ミスリル軍宇宙艦隊八個艦隊を預けられ、エフタル軍討伐の命令を受けていた。
ザーブルはあえて艦隊を分散させ、偵察隊を潰し、確実に包囲殲滅する作戦を得意としている。
流星群などに見せかけ艦隊をひそかに接近させ、敵が気づいた時には包囲され、殲滅されてしまう。
多少時間はかかるが、この戦術でザーブルはいくつもの艦隊を殲滅してきた。
「敵を褒めるつもりですか?」
銀髪の中将、コーデリオンはあからさまにザーブルを睨んでいた。
コーデリオンはザーブル元帥率いるエフタル公討伐軍の参謀長であり、総司令官を務めるザーブル元帥から見れば部下にあたる。
そのために、本来ならばこの態度は不敬であるのだが、コーデリオンはディッセル侯からのお目付け役でもあった。
「優れた敵将を称賛するのは、軍人としての礼儀にあたるがな。諸侯の礼儀には、敵であっても優れた相手を見下すことしかないのか?」
ディッセル侯がお目付け役として付けてきた男ではあるが、宇宙艦隊司令長官職を解任された時点で、ザーブル元帥は地位に拘泥するつもりは一切ない。
精一杯、戦場という未知の空間に投入されたコーデリオンに若干同情すらしているほどだ。
「元帥、あまり私にそういう言葉遣いをしないほうがよろしいですよ」
「どういうことだ?」
嫌味を隠し味にした悪意ある言い方に、ザーブル元帥はコーデリオンを睨みつける。
「私は宰相閣下の命を受けてここにいるのですよ」
「それはそれはご愁傷様なことだ」
袖を通したことすらない軍服が不釣り合いを通り越し、衣装の領域にあることに苦笑するが、コーデリオンはそれでも強気になりつつあった。
「あなたも、生きて家族にお会いしたいでしょう。であれば、余計な発言は慎まれるべきです」
痩せぎすの中将はザーブル元帥の唯一の弱点を突く。
歴戦の名将である元帥も、その弱点を指摘されると深くため息をつく。
「そうであったな」
「わかればいいのです」
「だが、一つだけ言っておく。生きて家族に会えないのは私だけに当てはまる言葉か?」
いぶし銀の元帥はそう問うが、痩せぎすの銀髪中将は鼻で笑っていた。
「あなた方が真面目に戦えば勝てるはずでは? そうおっしゃったはずですよね?」
ディッセル侯に説明した話を思い出しつつ、コーデリオンの読みの甘さにザーブル元帥は何もかも投げ出したくなる気持ちを抑えた。
戦いに負ければ、家族と再会できなくなるのはコーデリオン自身も同じだ。
お目付け役という名の足手まといを押し付けられたことに、ザーブル元帥は国家に尽くす軍人としての責務を果たすべく、エフタル軍との戦いに挑んだのであった。