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第28話 良き将は得難し

「さて、ここから改めてどう攻めるかな?」


 ロルバンディア大公、アウルスは総旗艦インドラの会議室にて、錚々たる名将たちを集めて今後の方針について協議していた。


 エルネストの艦隊と、コルネリウス率いるミスリル軍艦隊がそのまま味方となり、約20個艦隊という大艦隊となった。ロルバンディア軍はミスリル王国を打ち滅ぼすどころか、容易く蹂躙するほどの戦力となったのである。


「とりあえず、もう一度降伏勧告をするか」


「いいですな、アレックス王もおもらしして土下座するんじゃないですかね?」


 ウイリス・ケルトー大将がそう言うと、サヴォイア・アルス・マルケルス大将は黙って彼の足を踏みつける。痛みで声が出そうになったが、マルケルスと共に主君であるアウルスも睨みつけており、無言で痛みに耐えていた。


「それも一つの手でしょうが、まだ艦隊は半分残っています。そちらの対応が急務でしょう」


 ケルトーと違い、真面目な口調で元ミスリル王国軍大将であるコルネリウス・ウル・ハーマン大将の主張に、エリオス・ヒエロニムス大将らも素直に頷いていた。


「まだヴィラール星域でエフタル公と交戦中であったな」


「は、指揮を取っているのはザーブル元帥です。元帥率いる艦隊も、正直エフタル公と戦いたくなどないはずです。私がそうでしたから」


 コルネリウスがあえてトールキンに残っていたのは、ザーブル元帥にトールキン防衛を託されたからであった。だが、同時に尊敬するエフタル公と戦いたくなかったのも事実である。


「貴官はどうしたい?」


「降伏を促したいです」


 アウルスの問いに、コルネリウスは神妙な態度でそう言った。


「これ以上、ミスリル人同士が殺し合うことはあまりにも馬鹿馬鹿しいです。もう、ここで戦いをやめさせなくては」


「確かにその通りだな。これ以上、くだらない戦いはやめるべきだろう」


 アウルスもコルネリウスの提案に賛成すると、オブザーバーのような立場で参加するアイリスに目配せした。


 コルネリウスたちを味方につけ、この戦争の勝利を確定させたアイリスの参加に、ロルバンディアの名将たちは誰一人として文句も不満も口にしなかった。


「だが、戦乱の元凶に関しては一切の容赦も情けはかけない。相応の罪に対する報いを受けてもらわなければならんからな」


「仰る通りですな」


 エリオスが深く頷いていたが、誰もが同じ気持ちを抱いていた。


「愚かな主君には、愚かな戦争を開始した責任を取ってもらわなければならん」


「手始めにどうしましょう?」


「エリオス、エルネストだが、引導を渡してやれ」


 エリオスの問いに、アウルスは平然と答えた。


「コルネリウス大将、アレックス王は臆病者だな?」


「臆病といいますか、連合風にいえば《ビビリ》という奴ですな。他人に死んで来いと命令はできても、いざとなったら逃げる、それどころか平然と安全な場所に居座る御方です」


「貴官は不平不満が服を着ていると言われているが、義理堅いのだな」


 傍から見れば、コルネリウスはかなりひどいことを言っているはずなのだが、それでも御方とわざわざ敬称を付けているところに、アウルスはコルネリウスの人柄に好印象を持った。


「殿下には敵いませんな」


「貴官もなかなかの人物だと思うぞ。それに、ミスリル王国はエフタル公やファルスト公、ザーブル元帥ら一部を含めれば皆見る目がなかったのだな」


 噂で聞いたほどの不平不満ぶりもなく、コルネリウスはきっちりと仕事をこなしていた。


 アイリスから多少の恫喝があったことは聞いていたが、逆の立場であれば自分も同じことをするであろうとアウルスはむしろコルネリウスのことを気に入っていた。


 既にケルトーという、コルネリウスと限りなく似ている男が臣下にいるというのもあるが。


「とんでもございません。一応、アイリス様にお話をしたのですが……」


「元帥を殺すようなことも、元帥のご家族を殺傷することも罰を下すこともしない。元帥はむしろ被害者だろう。処罰を受けるは暗君とその取り巻きだけで十分だ」


 アウルスは既に戦犯を誰にするのかを確定していた。そこには当然だが、ザーブル元帥は含まれてはいない。


「我々はただの虐殺をするために来たわけではないからな」


「お心遣い感謝いたします」


 コルネリウスが丁寧に頭を下げると、アウルスは思わず笑ってしまった。


「やはり、貴官は不平不満の服を着ていたのではなく、正直さという服を着ていたのではないか?」


「はい?」


 意外な回答が返ってきたことでコルネリウスは自分の耳を疑う。


「不平不満しかない者に、愛国心という靴は履けない。貴官は実直で、非道や無道を見ては放置できぬ誠実さと正直さ、そして実直さがあるのだろう。だからこそ、愚かな諸侯どもの愚行を指摘する」


「コルネリウス提督は、どんな状況でも味方を見捨てることなく、敗残兵を激励する御方です。私も、直接拝見いたしました。殿下のおっしゃる通りですわ」


 間近でコルネリウスの激励ぶりを見ていたアイリスは、そのこともアウルスに伝えていた。その発言で、宇宙艦隊司令長官であるマルケルスを筆頭に、全員が感嘆していた。


「はは、殿下はお言葉が上手で……」


「貴官ほどの名将を、エフタル公やザーブル元帥しか評価できぬからこそ、ミスリル王国は滅亡する。彼女アイリスが策を使っていなければ、私は貴官と殺し合いをする羽目になっていた。そう思うと寒気がする」


 やや不愉快さ込めてアウルスはそう言うが、それはアウルスが平和主義者であることを意味しない。


 アウルスは戦争を厭わないが、しなければしないで解決することを望むからである。そして、彼は優秀な人材を集めることを惜しまず、積極的に好んでいた。


「殿下のおっしゃる通りです。アイリス様がコルネリウス大将を味方にしてくれなければ、我々は無駄な殺し合いをするところでした。これほど気持ちのいい人物と殺し合いをするなど、背筋が凍ります」


「司令長官閣下に同意いたします。コルネリウス大将のどこが不平不満の塊のような人物なのでしょうな。我ら全員が、同じくそう呼ばれてもおかしくはありません」


「私は無論のこと、エリオス大将や司令長官閣下もそう呼ばれてもおかしくはありませんからね」


 時には言いにくいことをはっきりと言うマルケルス、どんな状況であっても決して浮かれることなく、慎重さと大胆さを兼ね備えたエリオス、昇進を拒んで家族との繋がりを大切にし、職務を果たそうとするシュリーゼ。


 コルネリウスの評判を聞いていたロルバンディア軍の面々は、彼が意外なほどに常識人であり、真っ当であることに好印象を抱いていた。


「貴官らの言う通りだ。コルネリウスや貴官らに見捨てられるようであれば、それは主君としては失格ということだ」


 全員が頷きながら、コルネリウスが頭をかいているが、一人だけがふくれっ面をしていた。


「ケルトー、何かあるのか?」


「別にありませんが、エルネストを干しイカみたいに顔面陥没させたってこと、忘れてません?」


 部屋の扉を破壊し、顔を蹴り上げ、ひたすら拳を叩きこんで何もかもをへし折ったコルネリウスの暴虐性をケルトーは指摘する。


「ありゃ、どう考えてもやり過ぎでしょ」


「お前が人に積極できる立場か? 不正を働いた上官を、的にして急所を外しながら弓矢で遠当てをして遊んでいたよな」


 アウルスが指摘すると、シュリーゼやエリオスらが白い目をケルトーに向け、マルケルスは深くため息をつく。


「へえ、ケルトー大将はなかなか綾を付けるのですな」


 コルネリウスがニヤニヤしていると、ケルトーは肩身が狭くなった。


「いや、あれはですね、降伏に追い込むために……」


「鎮圧が済んだ段階でそんなことをやっているのは、どう考えてもやり過ぎだ。それに、私がコルネリウスの立場だったら射殺している。奴は、ロルバンディアは無論のこと、ミスリル王国まで無茶苦茶にした国賊を超えた国賊だ」


 エルネストのおかげで、ロルバンディア大公国もミスリル王国も、やらなくてもいい戦いに巻き込まれ、前者は占領され、後者もそうなりつつあるだけに、全員が感嘆していた。


「ロルバンディア軍は名将ぞろいといいますが、ケルトー大将のような《おもしろい》御方もおるのですな。殿下のご苦労お察しいたします」


 明らかにバカにした口調のコルネリウスに、アウルスはマルケルスに目線を向ける。マルケルスの隣にいたケルトーは、明らかに不機嫌そうな顔をしていたからだ。


「貴官ほどではない」


「お待ちください殿下! まるで私が迷惑をかけているような……」


「お前が迷惑をかけなかったことがあるのか? アイリスとディマプールに行った時、お前は体調を崩したアイリスのことをほっぽらかして、エリーゼと逢瀬を楽しんでいたな? そのエリーゼとお前が夫婦になったのは、誰のおかげだと思っている?」


 ウイリス夫人となったエリーゼとケルトーが結びついたのは、エリーゼが侍女として、ケルトーが武芸指南役としてアウルスに仕えていたからである。


 アウルスはそんな二人が愛し合っていることに気づき、わざと二人だけの時間を作るなど気を使って二人の恋愛を応援していた。


「つまり、ケルトー殿は殿下に間を取ってもらったと」


「なんじゃいさっきからチクチクチクチク! 男の癖に女々しいことやってんじゃねえぞ! 喧嘩するなら真正面からやれや!」


「上等だ! 何が闘将だコノヤロウ! いちいち細かい綾ばっかりつけて、しまいには殿下やアイリス様にまで迷惑ばっかりかけやがって!」


 猛将コルネリウス闘将ケルトーの応酬に、何名かの提督たちが動揺していたが、アウルスやマルケルスら一部の将たちは深くため息をついていた。


「お前たち、殴り合いをするならばここではなく、トレーニングルームでやれ。ケルトー、馬鹿なことをしたらエリーゼに言いつけるぞ」


「コルネリウス大将もですよ、奥方に言いつけますからね」


 大公アウルスと、次期とはいえ大公妃アイリスに指摘され、愛妻家でもある二人は一瞬顔を曇らせたが、「分かりました」と同時に答え、そのままトレーニングルームにて盛大な格闘を繰り広げたのであった。

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