「通信が繋がらないだと?」
モリア星域でにらみ合いながら既に二週間経過する中で、しびれを切らしたアレックス王は、宰相ディッセル候に激怒した。
「既に何度か通信を試みているのですが、一度も返答がなく……」
深刻な状況の中、内憂外患で四苦八苦するディッセル候は、憔悴しきった顔でそう言った。
「勝ったのか負けたのかも分からんのか?」
「申し訳ございません」
手にした盃を床に叩きつける若き王だが、それを慰めるように婚約者となったフローラが動くが、アレックスは彼女の手を払いのけて玉座に座った。
「一体何がどうなっている? モリア星域で何が起こっているというのだ?」
「おそらく、何かしらの通信障害が発生している可能性が……」
戦場に一度も出たことのない軍務大臣のトラスト元帥がそう言うと、アレックスは彼をにらみつける。
「モリア星域でそんなことが起きるのか?」
「もしくは互いに激戦を繰り広げ、互いに通信障害が起きているのかもしれませぬ」
今度は参謀総長のムダート元帥が言い訳を口にするが、アレックスは深くため息をついた。
「ならば、ロルバンディア軍との交戦まで報告せぬ! シャトルを飛ばすなりなんなりできるはずではないか!」
「仰る通りで……」
ディッセル候は無論のこと、トラスト元帥もムダート元帥も戦場を知らない。実戦を経験していたものは既に王宮はもちろん、このトールキンにすらいないのだから。
「ええい、埒があかんな。ムダート元帥、貴様が直接モリア星域に向かって調べてこい!」
「え? 私がでございますか?」
「不満か?」
ディッセル候から軍部を牛耳ることで、元帥となったムダートに戦場に出るという発想は欠片もなかった。
「私は参謀総長であります故……」
「ならば宇宙艦隊司令長官を兼任させよう。まだ空席のままだったからな」
「いえ、ですが……」
「貴様は我が身可愛さに臆病風に吹かれているのか?」
再び杯を投げつけるが、今度は仮初めの参謀総長に命中した。真正面から顔面に当たった杯により、ムダート元帥の顔から血が流れた。
「どいつもこいつも、己の保身ばかりではないか! 命を賭してでも私のために忠義を果たすものはいないのか?」
荒れ狂うアレックスではあるが、重臣たち一同にそんな気概を持っている者は一人もいない。
いや、厳密にいたかもしれないがそれらは排除され、失脚し、同時についさっきまであった者が皆無になった。
今回の戦争の原因は、全てアレックスの婚約破棄によって始まったのだから。
「宰相閣下!」
秘書が駆け足でやってきたことに、ディッセル候は不作法さから秘書をにらみつけた。
「宮中を走り回るな!」
「貴様こそ、耳障りな雑音を喚き散らすな!」
アレックスの指摘に、思わずディッセル候は忠臣として跪いたが、アレックスはディッセル候の秘書の方を向いた。
「何があった、直答を許す」
「それが、ロルバンディア軍から通信が入りました!」
「何?」
いきなりの通信に、全員が身構える。だが若き王はため息をついて「繋げ」と連絡をした。
秘書は黙って通信をつなぐと、玉座の間に金髪の大公の姿が投影される。金髪の大公、マクベス・ディル・アウルスは、威圧することも怯えることもなく、泰然自若に立ち構えていた。
「久しぶりだなアレックス王、残念なお知らせをしよう。エルネストは死んだぞ」
アウルスの言葉に全員が動揺するが、アレックスは不快な表情のままに睨みつける。
「冗談が得意なようだな?」
「そう言ってもらえるとは嬉しい限りだ。私は、臣下より常々冗談が下手だと言われているのでな」
王と大公のやり取りの中で、アレックスは盛大に虚勢を張っているが、アウルスは自然体のままであることが一同理解していた。
同時に、アウルスは何の威圧もしていないのにも関わらず、全員が不思議な威圧と圧迫を受けていた。
「では、朝敵エルネストがいかにして死んだのか、証明してやろうではないか」
アウルスは指を鳴らすと画面が変わり、得意の軍服になったエルネストが横たわっている姿が映し出されていた。
「エルネスト! これはどうなっている?」
顔は大きく歪み、鼻も潰れ、瞼も腫れていたが、髪型と独特のデザインがされた軍服などから、間違いなくその姿はエルネストであった。
周囲にはエリオス・ヒエロニムス大将を初め、十名もの軍人たちが彼を見下していた。
「助けてくれ……」
情けない声をか細く呟くエルネストではあったが、誰もそれに答えずにいる。
「貴様を助ける義理などない、何故なら……」
エリオスは片足を上げて、そのまま彼の腹部を踏みつけた。鍛えられた軍人の踏みつけに、エルネストは血しぶきと共に反吐を巻き散らかす。
「貴様には相応の報いを受けてもらうからだ。やれ!」
エリオスが踏んづけた後に、全員が一斉にエルネストを蹴り始めた。横たわっているかつての大公世子に、集められた旧ロルバンディア軍の軍人たちはたまったうっぷんを晴らすために盛大に彼を踏みつぶしていた。
「手加減無用、盛大にやれ。大公殿下が全責任を取って下さるとのことだ。亡国の世子に徹底的な報いを与えろ! かつての戦友たちや遺族たちのうっぷんを、お前たちで晴らすんだ!」
エリオスは一踏みした後は椅子に腰かけながら、軍人たちに蹴り殺されそうになっているエルネストを静かに眺めているだけであった。
これで、やっと戦犯の元凶に相応の報いを果たすことができたが、それに対する感情は何も込み上げてくることもなかった。
唯一、自分に恨みを果たせてくれたこと、自分を評価しかつての戦友たちや部下たちを認めてくれたアウルスに対する忠誠心だけが彼の心に残るのであった。
そしてエルネストは、次第に声を出していたが段々うめき声しか出さず、遂には声を上げることなく迫りくる死に取り込まれていった。
「という形で、エルネストは処刑した。奴に相応しい死を与えてやったが、貴公らもどうやら同じ死を体験したいようだな?」
「艦隊はどうなった?」
「何?」
「わが軍の艦隊だ! コルネリウスがいたはずだ」
「お呼びですか?」
通信中、呼ばれて出てきたと言わんばかりに、コルネリウスはアウルスの傍にやってきた。
「貴様! 何故そこにいる!」
「決まっているでしょう、我ら全員、アウルス大公殿下に降伏いたしました故」
かつての主君となったアレックスにそう言うと、コルネリウスはわざとらしく、アウルスに跪いた。不平不満が服を着て歩いている男が、アウルスに跪く姿にミスリル王国の重臣たちは驚きを隠せずにいた。
「この不忠者が!」
「暗君が何を言っている!」
投影された姿越しではあるが、殺気がこもったアウルスの目に、アレックスは蹴落とされる。
「コルネリウスは不平不満が服を着ているというが、誰よりも実直であり生真面目な軍人だ。これほどの男を厚遇することも、使いこなすこともできない己の無能さを顧みることもできぬとは……恥を知れ!」
激怒するアウルスに再びアレックスは蹴落とされるが、同時にムダート元帥やトラスト元帥は、茫然としながら力なく膝をついていた。
ミスリル軍の精鋭中の精鋭、宇宙艦隊の半分が喪失した。ただ、喪失しただけではなく、そのままロルバンディア軍に味方し、圧倒的な兵力をもって攻めてくることの恐怖に現実を受け入れきれなくなっていたのであった。
「ちなみに言っておくが、エルネストの艦隊も既に取り込んでいる。おかげで我々は現在、十個艦隊から二十一個艦隊にまで増えた。軍事力を提供してくれたことは感謝するぞ」
アウルスは感謝を口にするが、それは遠回しな侮蔑であった。艦隊をそのまま寝返らせた迂闊さ、間抜けぶりを指摘しているのだから。
「ちなみにコルネリウスら、ミスリル軍の精鋭たちを寝返らせたのは私ではない。最大の功労者を紹介するとしよう」
アウルスがそう言うと、女性向けの士官服を着た黒髪の女性が姿を見せた。その凛々しい姿にフローラは怯え、アレックスは信じられないものを見たと言わんばかりの表情を取った。
二人にとっては一番の因縁と恨みを持った女性なのだから。
「お二人共、お久しぶりですね」
アイリスがにこやかに笑うと、フローラは全身を振るえさせ、アレックスは吐き気を覚えた。
アイリスの笑顔は、猛獣が獲物を威嚇するのと同じ姿に見えたからである。